大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所小田原支部 昭和58年(ワ)76号 判決 1985年6月04日

甲事件原告 小田原教会

乙事件被告 右代表者代表役員 渡邉慈済

右訴訟代理人弁護士 猪熊重二

同 桐ヶ谷章

同 若旅一夫

同 宮川種一郎

同 松本保三

同 八尋頼雄

同 福島啓充

同 宮山雅行

同 松村光晃

同 漆原良夫

同 小林芳夫

同 平田米男

同 竹内美佐夫

同 石井次治

甲事件被告 佐々木秀明

乙事件原告 右訴訟代理人弁護士 中安正

同 小見山繁

同 江藤鉄兵

同 富田政義

同 片井輝夫

同 弥吉弥

同 山本武一

同 小坂嘉幸

同 川村幸信

同 山野一郎

同 沢田三知夫

同 河合怜

同 伊達健太郎

主文

一  甲事件被告(乙事件原告)は甲事件原告(乙事件被告)に対し、別紙目録記載の建物の明渡をせよ。

二  乙事件原告(甲事件被告)の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はすべて甲事件被告兼乙事件原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(甲事件)

一  甲事件原告

主文第一項と同旨及び「訴訟費用は甲事件被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

二  甲事件被告

1 甲事件原告(乙事件被告)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。

との判決

(乙事件)

一  乙事件原告

1 乙事件原告(甲事件被告)が乙事件被告(甲事件原告)の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は乙事件被告(甲事件原告)の負担とする。

との判決

二  乙事件被告

主文第二項と同旨及び「訴訟費用は乙事件原告(甲事件被告)の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

「甲事件」

(原告の請求の原因)

一  原告(乙事件被告、以下「原告」という。)は、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

二  被告(乙事件原告、以下「被告」という。)は本件建物を占有している。

三  よって、原告は被告に対し、所有権に基づき本件建物の明渡を求める。

(被告の答弁と抗弁)

一  請求原因事実の認否

一、二の項は認める。

二  抗弁

被告は次のとおり原告の代表役員、責任役員に就任し、その地位に基づき本件建物を占有している。

1 原告は昭和二九年八月一六日宗教法人法により設立された宗教法人であり、包括宗教法人たる日蓮正宗の被包括宗教法人である。

2 日蓮正宗宗制(以下「宗制」という。)・宗規(以下「宗規」という。)及び原告の教会規則(以下「原告規則」という。)によれば、原告の代表役員は、その主管にある者をもって充てられ(宗制第四三条、原告規則第八条一項)、代表役員は責任役員の一人となり(同規則第六)代表役員の任期は主管在職中とされており(同規則第九条一項)、原告の主管は、日蓮正宗の教師の資格を有する僧侶の中から同宗管長が任免するものとされている(宗規第一五条六号、第一七二条)。また、原告規則は日蓮正宗の宗制・宗規等が原告にも効力を有することを規定している(第三五条)。

3 被告は日蓮正宗の教師たる僧侶であるところ、昭和五五年五月一四日、日蓮正宗管長阿部日顕により原告の主管に任命され、同日、原告の代表役員及び責任役員に就任した。

4 主管は、教会における宗教上の主宰者として、本尊の礼拝・布教・法要・葬儀・説法その他の宗教活動を行ない、所属檀信徒の教化育成をはかる立場にあり、且つ教会(寺院)及び宝物等の財産管理、維持を行なう職務を有しており、右職務の遂行を適正且つ円滑ならしめるため、教会(寺院)に居住する権利を有している。そして、代表役員は、原告の宗教法人としての側面における宗教法人法に定められた事務遂行権及び代表権を有し、原告所有の財産の管理等に関する法的・対外的側面での代表者としての立場にある。

(被告の抗弁事実に対する原告の認否と再抗弁)

一  認否

原告の抗弁事実は認める。

二  再抗弁

1 昭和五五年九月二四日、日蓮正宗管長阿部日顕は被告を原告の主管を罷免する懲戒処分(以下「本件処分」という。)に付し、同月二五日、被告にその旨を通告した。

2 右罷免により、被告は同時に原告の代表役員及び責任役員の地位をも喪失したので本件建物の占有権原を失った。

3 罷免処分に至る経緯と処分の理由は次のとおりである。

(一) 創価学会は、日蓮正宗の在家信者を構成員とし、日蓮正宗の承認を受けて昭和二七年九月八日に独立の宗教法人となったものであるところ、昭和五二年ころから表面化した創価学会の教義逸脱・宗門軽視の風潮が日蓮正宗僧侶の指摘するところとなり、いわゆる創価学会問題となった。

(二) 創価学会では、日蓮正宗管長細井日達等の指摘を受けるなどして、過去の教義上の逸脱や創価学会の体質を反省し、その是正を誓い、最終的には昭和五四年四月二四日、創価学会池田大作会長が、創価学会問題の一切の責任をとり、法華講総講頭(日蓮正宗の信者の代表者の立場)及び創価学会会長の職を辞し、同会としては、新たに会則を制定して新体制で出発することになり、これを日蓮正宗が了解し、同年五月三日、当時の法主(管長)細井日達が「これまでの経過は水に流して大同団結して宗門の発展ひいては広宣流布に協力していただきたい。」と宣言し、僧俗和合(僧侶及び信者が心を一にすること。)協調の基本路線を明確にした。

(三) 昭和五四年七月二二日、細井日達が遷化し、阿部日顕が法主・管長となったが、僧俗和合協調の基本路線を踏襲し、各種指南及び院達により、創価学会の過去の誤り等の批判の禁止、創価学会員に対する檀徒化への働きかけの禁止、問題がある場合には宗務院等にその善処を委ねること等の方針を打ち出した。特に、日蓮正宗は昭和五五年七月四日に全国教師指導会を開催し、阿部日顕が日蓮正宗の法主・管長として、右の指針を重ねて指南した。

(四) これに対して、正信覚醒運動と称して創価学会を批判攻撃してきた日蓮正宗の僧侶のうち、被告を含むいわゆる活動家僧侶は、管長及び宗務院の問題解決方法や方針に不満を持ち、これに反抗して創価学会攻撃を継続し、前記指針を真向から否定する内容の第五回日蓮正宗全国檀徒大会(以下「第五回全国檀徒大会」という。)を昭和五五年八月二四日に日本武道館において開催することを計画した。

(五) 宗務院は、被告を含む右大会主催者に対し、昭和五五年七月三〇日及び同年八月九日、大会の意義内容について事情聴取し、右大会の中止を説得し、さらに、右聴取の結果、右大会が法主(管長)阿部日顕の昭和五五年七月四日の指南に反して創価学会を謗法団体であると誹謗中傷する会合であることを確認したうえで、右大会が日蓮正宗の教義・信仰上の方針に反するものであることを理由に、被告らに対し、院達をもって、同年七月三一日に条件付中止命令(院第一四五号)を、同日八月一一日に中止命令(院第一四九号)を、同年八月一九日に中止命令と処分予告(院第一五八号)をそれぞれ発した(以下これらを「本件中止命令」という。)。これとは別に、法主(管長)日顕は、同年八月一九日、被告を含む大会主催者に対し、右大会が法主の指南に反する非法の集会であるから中止すべき旨の親書を交付した。

(六) 右大会は昭和五五年八月二四日午後一時から約三時間にわたり日本武道館で開催され、管長(法主)の指南、宗務院の命令に違背し、創価学会を謗法であるとして誹謗・中傷する内容に終始した。被告は、他の者と共謀して右大会を主催運営した。

(七) 日蓮正宗では、宗務院総監が事実の審査を遂げたうえで(宗規二五一条)、昭和五五年九月二四日、参議会の諮問を経て(宗制三〇条二号)、責任役員会において「被告が、宗務院の命令に正当な理由なくして従わず、第五回全国檀徒大会を主催・運営した。」として、宗規二四八条二号(「正当の理由なくして宗務院の命令に従わない者」)に基づき被告を小田原教会主管罷免の処分に付することを議決し(宗規一五条七号)、管長の裁可を得(宗規二五一条)、管長の名をもって宣告書を作成したうえで(宗規二五三条)、同月二五日、原告方において、被告に対して右宣告書を交付した。

(原告の再抗弁事実に対する被告の認否と再々抗弁)

一  認否

1 1は認めるが、2は争う。

2 3の(一)は認める。(二)のうち、池田大作が法華講総講頭及び創価学会会長を辞職したこと、細井日達が原告主張の宣言をしたことは認めるが、その余は否認する。(法主・管長日達の方針は、創価学会問題についてその全てが解決したとするものではなく、創価学会の謝罪の態度が真意に基づくものであるか否か今後とも厳しく見守っていくというものであった。)(三)のうち、細井日達が昭和五四年七月二二日に遷化したことは認めるが、その余は否認する。(四)のうち、被告を含む僧侶らが第五回全国檀徒大会を計画したこと、創価学会批判をしたことは認めるが、その余は否認する。(五)のうち、宗務院と大会主催者とが原告主張の日に会見したこと、原告主張の院達が発せられたこと、阿部日顕名の文書が被告等に交付されたことは認めるが、その余は否認する。(六)のうち、第五回全国檀徒大会が原告主張の日時・場所で行われたこと、被告も右大会を主催運営した一人であることは認めるが、その余は否認する。(七)のうち、被告に宣告書が交付されたことは認めるが、その余は知らない。

二  再々抗弁

本件処分は、次の1ないし3記載の各実体的事由及び4ないし7記載の各手続的事由により無効である。

1 本件中止命令の無効

本件中止命令は次の理由により無効であるから、宗規二四八条二号の「宗務院の命令」としての効力を有しないものであって、本件中止命令違背を理由とする本件処分も無効となる。

(一) 宗務院の権限踰越

宗制・宗規上、宗務院に第五回全国檀徒大会のような僧侶及び檀徒合同の集会に対する中止命令を独自に発令しうる固有の権限を与えた規定はなく、宗務院がなした本件中止命令は権限踰越により無効である。

すなわち、宗規一七条及び一八条によれば、日蓮正宗の宗務は責任役員会が議決機関であり、宗務院はその執行機関とされているので、本件中止命令を発令するには責任役員の議決が必要であり、右議決なくして宗務院がこれを発令する権限はない。宗規二九五条は単に達示の種類及びその各名称を定めたものであるにすぎず、管長、総監、宗務院等宗内各機関の権限に関する根拠規定ではない。本件中止命令は責任役員会の議決なくして発令されたものであって無効である。

(二) 憲法違反、公序良俗違反

憲法二一条一項の表現の自由に関して、その自由権尊重の精神は私人間においても保障されなければならず、私人間においても右自由権を侵害する法律行為は憲法二一条に違反し、そうでないとしても公序良俗に反する事項を目的とするものであるから民法九〇条により無効である。もっとも本件当事者が、宗教団体とその構成員の関係である以上、その構成員の表現の自由についても自律権の範囲内で或る程度の制約が存するが、その場合においてもなお表現の自由はその所属団体の存立そのものを否定するような場合でない限りは、原則として保障されなければならない。

本件中止命令は、被告らが主催しようとした第五回全国檀徒大会の開催とその後のデモ行進との中止を命じたものであるが、右大会が開催された当時、管長及び宗務院側と大会主催者僧侶らとの間に存した意見の相違は、日蓮正宗の信者団体である創価学会の処遇等に関するものであり、日蓮正宗の教義に関する相違はなかった。また、右大会の予定した内容は正信覚醒運動の具体的方針案、創価学会との関係等に関する改革案等の討議であって、教義に関する見解表明、教義論争等は予定していなかった。

被告らのように教師資格を有する僧侶は、日蓮正宗を維持するために宗費の負担義務を負い、宗内諸機関の構成員につき選挙権及び被選挙権を有するのであるから、日蓮正宗の運営についても、宗会の権限である宗制・宗規等の改廃その他の事項についても、日常不断に自らの意見を言論、集会等の方法によって表現する権利を有し、しかも、この場合における意見は執行機関の意見に対する賛成意見に限定されるものではない。日蓮正宗の創価学会との関係及び創価学会に対する処遇等は、まさに日蓮正宗の運営又は宗制・宗規の制定、改廃等に関する事項というべきであるから、日蓮正宗における有権者たる被告らがこれらの事項に関して言論、集会等の方法により自己の意見表明を行うことは宗制・宗規上認められた権利であるものというべきである。

被告を含む第五回全国檀徒大会の主催者らはいずれも寺院、教会の住職、主管であり、自らの寺院、教会に所属する檀徒も多数右大会に参加、出席しており、その檀徒らに対し一信者団体である創価学会の処遇等に関する見解を発表することは、住職、主管に当然に認められるべきであり、このような行為を制限、禁止しうる根拠は宗制・宗規上全く存しない。

従って、右のように宗制・宗規上認められた権利に基づいて開催しようとした右大会に対し、その中止を求める前記命令は、宗制・宗規上認められた僧侶の権利を侵害し、右命令自体が被告らの集会、言論及びその他の表現の自由を抑圧することを目的とするものであるから団体自律権の範囲外の問題であり、憲法二一条に違反し若しくは公序良俗に反して無効である。

2 宗務院の命令に従わない正当理由の存在(宗規二四八条二号)

前記のように第五回全国檀徒大会開催当時、管長及び宗務院側と大会主催者との間の意見の相違は創価学会の処遇に関する見解の相違であり、右大会の実際の内容は教義に関する見解表明、教義論争を内容とするものではなく、創価学会について歴史的事実として教義違反行為が存したことを前提とし、これらの行為の再発を防止するため、組織、人事の改革等を求めることをその内容とするものであった。すなわち、右大会は二部構成で行われ、第一部ではスライドとナレーションで檀徒活動の歩みが紹介され、第二部では被告ら僧侶、檀徒や元創価学会教学部長原島嵩が登檀して発言し、山口法興は正信覚醒運動の今後の活動方針と創価学会に対する改革案として「①宗教法人創価学会は、独立法人の形態を改めて宗教法人日蓮正宗の傘下に包括されるべきである。②創価学会の幹部による指導を改革すべきである。③職業幹部をなくし専従者を限定すべきである。④会館等の増設をやめ縮小すべきである。⑤創価学会と公明党の政教分離を徹底すべきである。」の五項目を提示した。被告は「現況報告」と題して第一回全国檀徒大会から第五回同大会までの正信覚醒運動の経緯及び創価学会が日蓮正宗に謝罪した内容を会内に徹底することを怠っている現況について報告した。渡辺広済は「出世の法門につきて大悪出生せり」と題し日蓮正宗檀徒としていかに生きるべきかについて講演した。荻原昭謙は緊急動議として創価学会名誉会長池田大作に対し「①日蓮正宗法華講名誉総講頭を辞退せよ。②宗祖日蓮大聖人第七百遠忌慶讃委員長を辞退せよ。③創価学会における実質的支配を直ちに止めよ。」との三点について大会決議を求めたい旨提案した。

しかも、前記のように日蓮正宗の運営等について教師資格を有する僧侶は意見等を表明する権利を有し、信者である檀徒にそれを発表することも認められるべきものである。

従って、教義に触れることなく外郭団体に対する批判をし、宗教団体の運営に関する言論をするべく集会を主催し、本件中止命令に従わなかったとしても、それには宗規二四八条二号所定の「正当の理由」が存在したというべきである。

3 懲戒権の濫用

(一) 宗規二四八条二号の趣旨

宗規二四八条各号の定める罷免事由のうち、同条二号以外に列挙されている事由は(一号本宗僧侶としての体面を著るしく汚した者、三号妄りに寺院または教会の資産を消費し、または重宝、什具を典売した者、四号管長の許可なく、他出して二月経過しても帰任しないとき、五号宗費を納付しないこと四期に及ぶ者、六号降級に処すべき行為再犯に及ぶ者)は主管等を罷免されることも社会通念上やむをえないものと認められる程度のものであるから、同条二号所定の「正当の理由なくして宗務院の命令に従わない者」についても、その内容において同条の他の各号に定めるのと同程度の非行であることを要し、重大な命令違反の場合に限り同条が適用されるものというべきである。

(二) 正信覚醒運動・第五回全国檀徒大会と宗規二四八条二号

第五回全国檀徒大会は、正信覚醒運動の一環として開催されたものであるが、右運動は、昭和五二年ころ、日蓮正宗を創価学会から護持しようとの一念で始められたものであり、創価学会が本尊模刻問題、池田本仏論を学会内に広めたとする教義問題、「題目」を商品化した問題を生じさせるなど日蓮正宗の本来の目的(宗制三条に定める目的)に違背したことからこれらを糺す運動になっていったものである。ところが、創価学会はこれらを批判する住職、主管のいる寺院、教会には参詣する必要がない旨の指導をし、さらに創価学会の研修所、会館は近代の寺院であると称し、会員に対しては「寺に行かず会館に来なさい。」との指導を行って日蓮正宗の寺院に経済的圧力を加え、日蓮正宗からの分離、独立をも企図していた。そこで、宗門全体が創価学会と手を切るかどうかという緊迫した状況が続く中で、法主(管長)日達が、正信覚醒運動を勇気ある運動と評価し、総本山において年二回の檀徒大会を開催するよう指示したことから、全国檀徒大会は昭和五三年八月以降毎年一月及び八月に正信覚醒運動の一環として開催されるようになり、いずれも法主(管長)日達の全面的支持を受けていた。第五回全国檀徒大会も、日蓮正宗を護持しようという目的で開催しようとしたものであり、その際に創価学会を批判したとしても、創価学会は日蓮正宗とは別個の宗教法人で日常的宗教活動も殆ど別個であって関連性が薄く、右大会が日蓮正宗内部の内輪の集会に過ぎないのであるからそこでの被告の発言をとらえて統制する必要は毛頭ない。従って、本件中止命令に従わなかったという被告の行為をもって他の罷免事由の非行と同等の行為であるとすることは社会通念上著しく妥当性を欠くことになる。

(三) 宗内興論

被告らの正信覚醒運動は宗内においても次第にその支持を拡大し、第五回全国檀徒大会開催当時は教師資格を有する僧侶約六三〇名中三分の二を超える僧侶の支持を得るまでに発展し、右大会の約二ヶ月前(昭和五五年六月九日)に行われた宗会議員選挙において、定員一六名中正信覚醒運動の会員の僧侶が一〇名当選し、本件処分後も二六七名の僧侶が本件処分が無効である旨の声明文に署名している。このように、被告らの運動が宗内僧侶の多数によって支持され、運動の正当性も理解され、支持されていたものであり、これら宗内多数の興論を無視してされた本件処分は宗内興論に照らしても著しく妥当性を欠くものである。

(四) 被告の生活権

被告は親の代からの日蓮正宗の僧侶の家系に生まれ、日蓮正宗の僧侶としての修行を積んで現在に至っており、その生活は日蓮正宗の信仰に支えられ、日蓮正宗のためにいわば全人格を捧げてきたと言っても過言ではない。また、被告は職業人として原告の主管であると同時に私人としては妻子共々原告の教会の庫裡に起居している。しかも、日蓮正宗の末寺の主管という地位は日蓮正宗という特定の宗教団体の内部においてのみ通用するものであって、他の宗派または他の宗教団体においては全く何の資格も認められないものであるから、被告が日蓮正宗の寺院から追放されることはその翌日から全く収入を得る途を絶たれることを意味し、被告の家族も路頭に迷うことになる。このように、日蓮正宗に対して全人格的全生活的にかかわってきた被告の立場を考慮すれば、本件処分はただ一回の集会を開催したというだけの行為と比較したときに、余りにも過酷かつ不均衡である。

(五) 懲戒権の濫用

以上の各事実を総合して判断すれば、本件において、被告に対して主管罷免という懲戒処分をすることは、重きに失し、懲戒権の濫用として無効というべきである。

4 弁疏の機会の欠如

日蓮正宗では、僧侶に対して懲戒処分がされる場合には、確立した慣行として被処分者に弁疏の機会が与えられていた。また、檀信徒に対する懲戒処分の場合には書面による弁疏の機会を与える旨の明文の規定(宗規二三〇条二項)があることからみても、僧侶に対する懲戒処分手続についても宗規上、弁疏の機会を与えることが必要と解される。

ところが、日蓮正宗は本件処分をするにつき被告に対して弁疏の機会を全く与えなかった。もっとも、宗務院では、第五回全国檀徒大会前に被告を含む主催者らの事情を聴取しているが、そもそも弁疏の機会とは処分の該当事実についてその弁解の趣旨、理由を聴取し、処分に誤がないようにするところに意義があるから、該当事実の発生前に事情を聴取したとしてもそれが弁疏の機会を与えたことにはならない。

従って、被告に弁疏の機会を与えないでした本件処分は手続的に違法な処分であるから無効である。

5 参議会の決議違反

日蓮正宗において、管長が僧侶を懲戒する場合には、参議会の諮問を経なければならず(宗制三〇条二号、宗規一五条柱書中の但書、同条七号)、参議会の決議に反する処分は差し控えるべきものである。

参議会は本件処分につき諮問を受け、昭和五五年九月二四日、議長を含む六名の参議全員の出席のもとで審議し、表決の結果、議長を含め参議三名が本件処分に賛成し、参議三名が反対であったため、議長の参議は可否同数であるとして、議長において賛成に決するとしたうえ、管長に対し賛成の答申をした。

しかし、右表決の方法は宗規九一条に反する違法な表決である。すなわち、右の表決方法によれば議長の参議が二票の表決権を有することになり社会常識もしくは条理に反するものであって、宗規九一条の規定はもともと議長は表決に加わらず可否同数のとき決裁権を有すると解すべきであり、参議会の前記表決は処分賛成二名、反対三名の表決となるから、本件処分は否決されたというべきである。

従って、本件処分につき参議会は反対の議決をしたものであるから、管長は右反対決議を尊重して本件処分を行うべきではなく、これに反して強行された本件処分は手続的に違法な処分であるから無効である。

6 監正会の処罰禁止の裁決

(一) 日蓮正宗においては、宗務の執行に関する紛議又は懲戒処分について異議の申立があるときは、これを調査し、裁決する機関として監正会が設けられ(宗制三二条)、その裁決に対しては何人も干渉することができず(宗規三三条)、異議申立もできない(宗規三四条)とされている。監正会を設置した趣旨は、日蓮正宗内における紛争を宗教法人の自律的機関により解決することにあり、そのためにその権限を懲戒処分の当否のみならず、宗務の執行に関する紛議をもあわせて裁決し得ることとして、広く宗内の紛争をとり上げるよう規定されたものである。宗務の執行に関する紛議については、宗制上も宗規上も具体的執行とか事後審査とかに限る趣旨の規定はなく、執行行為の有無、申立の時期、申立内容、申立人等は全て合理的な解釈に委ねられており、日蓮正宗のように、執行機関の意思によって容易に処分権を発動できる規定のもとでは、監正会の職務権限等を広く解釈してこそ機関相互の均衡が保たれる。従って、不服申立の当事者も本人、代理人はもとより利害関係人の申立も認められ、申立時期も執行行為に関連して紛議が発生する可能性があれば、何時たりとも申立てることができ、申立内容も事後審査的なものに限定されず、事前の紛争予防的意味を有する仮処分のような性質を有する内容の申立をもすることができる。

本件については、院達一四五号、一四九号、一五八号等によって第五回全国檀徒大会の開催中止命令や懲戒処分の予告がされていたこと、被告らは右院達が違法、不当なものとして右大会を開催したこと、これに対し宗務院は右大会に出席した者を院達に反したとして処分を行おうとしていたこと等から、「宗務の執行に関する紛議」が具体的に発生していたことは明らかである。

(二) そこで、昭和五五年九月一七日被告らは監正会に対し、第五回全国檀徒大会の出席を理由に処罰をしてはならない旨の裁決を求める申立状を監正会長岩瀬正山に提出して申立をした。監正会は、同月二五日、会長を含む常任監正員四名と常任監正員光久諦顕が事故あるものとしてこれに代わる予備監正員一名が出席して開催された(以下、これを「第一次監正会」という。)。監正会は、同日、被告らの申立につき審査し、「日本武道館における全国檀徒大会出席者に対する処罰は不当であるから一切これをしてはならない。」との裁決(以下「処罰禁止裁決」という。)をし、会長は即日これを管長に上申し、被告らにその旨通知した。

(三) 本件処分は監正会の右処罰禁止裁決に違反してなされたのであるから手続的に違法な処分として無効である。

7 監正会の処分無効の裁決

訴外渡辺広済、下道貫法の両名は、被告の代理人として連名で、昭和五五年九月二八日、監正会の本件処分が無効であるとの裁決を求める旨の提訴状を監正会会長岩瀬正山宛に提出して申立をした。監正会は、同月二九日、常任監正員の岩瀬正山、鈴木譲信、藤川法融及び大泉智昭の四名が出席し、常任監正員光久が正当な理由もなく出席できない旨通知してきたので、会長岩瀬が右光久に事故があるものとして予備監正員小谷光道を補充して出席させ、五名の監正員の出席のもとで開会され(以下、これを「第二次監正会」という。)、被告らの申立について審議し、被告に対する本件処分は無効であるとの裁決(以下「処分無効裁決」という。)をしたので、監正会会長岩瀬は同日右裁決の内容を管長に上申した。

従って、監正会の処分無効裁決により、本件処分は無効となった。

(被告の再々抗弁事実に対する原告の認否と反論)

一  認否

1 1の(一)は争う。(二)のうち、本件中止命令の内容が被告主張のとおりであること、被告ら教師資格を有する僧侶は宗費負担義務、宗内選挙権及び被選挙権を有すること、被告ら大会主催者が住職及び主管であることは認めるが、その余の事実と主張は争う。

2 2のうち、第五回全国檀徒大会の進行構成及び登檀者の発言内容については認めるが、その余の事実と主張は争う。

3 3の(一)は争う。(二)のうち、全国檀徒大会が被告主張の日に開催されたことは認めるが、その余の事実と主張は争う。(三)のうち事実は知らない。主張部分は争う。(四)のうち、被告が原告の教会に家族と共に居住していることは認めるが、その余の事実と主張は争う。

4 4のうち、確立した慣行として僧侶に対して弁疏の機会が与えられていたことは否認し、その余の事実は認め、その余の主張部分は争う。

5 5のうち、参議会の開催、議事手続及び答申の内容は認めるが、その余の主張部分は争う。

6 6の(一)のうち、宗制宗規の規定の存在、院達の内容、第五回全国檀徒大会の開催は認める。その余は争う。(二)は認める。(三)は争う。

7 7のうち、渡辺広済と下道貫法が連名で九月二八日に会長岩瀬宛に被告に対する本件処分が無効であるとの裁決を求める旨の提訴状を提出したこと、監正会が岩瀬、鈴木、藤川、監正員大泉、予備監正員小谷の五名が出席して同月二九日に開会されたこと、岩瀬が同日監正会が本件処分は無効であるとの裁決をしたとしてその旨を管長に上申したことは認めるが、その余は否認する。

二  反論

1 本件中止命令の発令権について

(一) 本件中止命令は日蓮正宗の檀信徒の教化育成及び僧侶の教義・信仰上のあり方という極めて重要な宗教上の事項に関する命令であって、このような性質を有する命令の決定権は日蓮正宗の教義・信仰のうえから法主(管長)の専権に属するものとされており、それが同宗における七百年来の伝統であり、不文の準則となっている。法主(管長)は右決定権により決定した内容をどのような形式で宗内に周知徹底するかについても裁量権を有しており、その方法は従来から訓諭、宗務院命令、指南、指導など、各種の形式がとられてきた。法主(管長)阿部日顕は、問題の本質及び経緯から、従前にも増して僧俗和合の基本方針を徹底し宗内秩序を図る必要があると判断して、本件中止命令を宗務院命令の形式で発令することを宗務院に命じた。従って、本件中止命令は法主(管長)の専権事項に属するものであるから、これについての責任役員会の議決は必要でない。

(二) 宗教法人法は、責任役員、代表役員については宗教法人の事務に関する機関であって、「宗教上の機能に対するいかなる支配権その他の権限も含むものではない」(宗教法人法一八条六項)とし、宗教団体の事務(総称して「宗務」という。)を法人事務と宗教事務に峻別し、法が規制するものは法人事務に限ることを明示している。ところが、日蓮正宗においては宗教法人法があたかも責任役員(会)を宗務全般に関する必要的議決機関として設置することを要求しているもののように誤解し、同法の要求に表面的に従った形式を整えるため宗規一五条、一七条、一八条を制定したが、宗教事務なかんずく教義・信仰にかかわる事項についてまで、法主(管長)の権限を他の機関によって制限するということは日蓮正宗の教義・信仰・伝統に基づく不文の準則に明らかに反するので、宗教事務に関する限り当初から規範力を有しないものとして制定された。しかも日蓮正宗における実際の運用においても法人設立以降今日に至るまで、宗教事務については本来的に責任役員(会)は無関係で、法主(管長)が決定し、指南し、命令することによって決定・執行されてきている。このような宗教事務の運用については、法人設立後においても、宗内僧俗の何人からも異議が申し出られたことがなく、円滑に運営されてきたものであり、それが団体外の第三者と全く無関係な宗内の宗教事務に関するものであるから第三者の立場を考慮する必要性も全くない。従って、宗教事務について法主(管長)の専権を広範に認めるという不文の準則の内容は何ら公序良俗に反するものではなく、宗規一五条、一七条、一八条にいう「宗務」は法人事務と限定して解すべきものである。

(三) 仮りに、本件中止命令を発令するについては責任役員会の議決が必要であるとの立場に立ったとしても、本件中止命令を発するにつき責任役員である管長及び総監の合意があったことは書面の内容自体から明らかであり、椎名法英責任役員もそれを熟知賛同していた。

2 表現の自由について

(一) 団体自律権の範囲・内容は、その団体の本質・結成目的・運営状況等から帰結されるが、宗教団体の場合は、神聖なる宗教上の権威の維持、教義の純粋性と統一性、儀式の執行の統一性と厳格性が要求されるから、他の社会集団に比し、その自律権の範囲・内容が広範である。日蓮正宗は、宗祖日蓮大聖人の教義を純粋に守護するための宗派であり、歴史的にみても異端、異流を唱える者に対して厳格な処分をしてきており、最近においても法主の指南に反抗した僧侶を破門にするなど厳格に対内的自律権を行使してきた。従って、右三つの要求を維持するために必要な自律権は歴史的にも承認され、日蓮正宗の本質からも由来する。

(二) 任意団体においては、団体への加入の自由と離脱の自由を有する故に、団体構成員に対して保障されるべき表現の自由は、団体目的または団体自律権によって当然に制約を受け、その抽象的基準を挙げるなら、団体の基本目的に反する事項、団体の基本的活動方針に反する事項又は団体を単に誹謗・中傷するような事項に関しては表現の自由は認められるべきではない。宗教団体の場合には、教義・儀式の純粋性・統一性等がその根幹となっているので、教義や信仰のあり方に関連して無制限に勝手な言動をとることを容認したのでは、その存立の基盤を失うことになりかねない。もちろん、教義の研鑽等の場での自由な討議はあり得ようが、ひとたびその宗教団体内における公権的な結論が出た教義や信仰のあり方に関連する問題に関し、それを公然と批判し、ましてや反逆するような意味での表現の自由はあり得ないというべきである。日蓮正宗では、宗規二一三条において出版物に関し宗務院の許可等の制限を規定しているが、言論や集会についても同様に類推適用されるべきものである。

(三) 被告を含む主催者らが開催した第五回全国檀徒大会及び同大会における同人らの発言は、表現の自由の問題とは全く関係がない。なぜなら、宗務院の本件中止命令は後記のように日蓮正宗の教義の基本問題に関するものであって、これに違背する右大会等は本来表現の自由の枠外の問題であり、また、宗規二一三条の規定の趣旨を類推して言論や集会の制約を認められる事案だからである。

3 懲戒権の濫用について

(一) 宗教団体においては、教義の純粋性と統一性、儀式の執行の統一性と厳格性、宗教上の権威の維持のために必要な自律権を行使しうるものであり、その発動として構成員等に対し懲戒処分を自由になしうる。

(二) 宗務院の発した本件中止命令は、法主(管長)阿部日顕が創価学会を謗法であると誹謗、中傷することを禁じるという指南をしたにもかかわらず、創価学会を謗法であるとして批難する為に第五回全国檀徒大会が開かれる予定であったことから、日蓮正宗の根本的教義に関する右法主の指南に違背するものとして右大会の中止を命じたという教義的意義を有する。

(三) また、本件中止命令は、日蓮正宗の根本的秩序維持に関する命令である。すなわち、本件中止命令は、日蓮正宗の基本目的である広宣流布を達成するためには、僧俗の和合・協調が教義上重要な意義を有する必要不可欠の要素である点に鑑み、日蓮正宗全信者のほぼ九九パーセントの創価学会員を指導教化するために、徒らなる創価学会誹謗中傷を中止すべきことを命じているのである。仮りに、今後も「正信覚醒運動」が烈しく続けられるならば、創価学会の組織も崩壊しかねないし、信者である創価学会員一千万人の宗教的混乱状態が永く尾を引き、単に信者の問題ではなく、宗内僧俗間にも各種の対立が生じ、僧俗和合の道から遠く離れてしまい、その結果として、日蓮正宗の宗内秩序は根本的に破壊され、立宗の目的である広宣流布の実現など、遠い夢物語と化してしまうのであろう。そして、僧俗の和合・協調については一応「秩序的意義」として意義づけられるが、これらは同時に日蓮正宗の信仰のあり方、ひいては教義そのものの問題であり、単に世俗的な意味での秩序の維持という観点だけでなく、前記「教義的意義」と同様の重要な問題をも有するものである。

そこで、法主並びに宗務院は、教義に則り日蓮正宗の過去・現在・未来を熟慮したうえで、右檀徒大会の中止以外に日蓮正宗の現在の宗教的及び宗内的秩序を維持することは不可能と判断して本件中止命令を発したのである。

(四) 従って、本件中止命令は、日蓮正宗の教義的意義と根本的秩序維持に関する命令である故に、これに違背して第五回全国檀徒大会を開催した被告を含む主催者らを罷免処分にしたことは、自律権の行使の範囲内として許容される。

4 弁疏の機会について

(一) 僧侶の懲戒手続においては、弁疏の機会を与えることは特に手続要件とはされていない。これに対して、檀信徒等の処分については宗規二三〇条二項、一六四条三項により書面による弁疏の機会を与えることが常に必要とされている。その理由は、僧侶は信仰上法主の弟子になるものとされ、師たる法主から直接的に指導・薫陶を受ける立場にあり、また、その人数も少ないということもあって、指導・監督も比較的日常的に行き届いているので、弁疏の機会という手続を常に履践しなければならないものではないという点にあり、檀信徒・法華講支部は直接には末寺の住職・主管が指導・教化しており、法主との関係はいわば間接的なものであり、人数も極めて多く(数百万人)法主による直接的・日常的な指導はほとんど不可能な状態にあるので弁疏の機会が常に必要とされる点にある。そして、処分事実の確認等に関しては、宗規二五一条で、僧侶の懲戒は総監による事実の審査を要請しているだけで、いかなる内容・程度の事実審査を行うかについては総監の自律的な判断に委ねたものである。

(二) 僧侶の懲戒手続において、先例によれば、弁疏の機会を与えておらず、これが慣行となっている。そもそも日蓮正宗において懲戒処分の事例はあまり多くないが、最近の例として、昭和四九年一〇月一五日付擯斥処分及び同年一一月一八日付住職罷免処分並びに同年一二月二五日付擯斥処分があるが、いずれも「弁疏の機会」という特別の手続を経ることなく、宗制・宗規に則って処分されている。

(三) 本件罷免処分については、弁疏の機会を与える実質的な必要性がなかった。すなわち、弁疏は処分に先立って被処分者の言い分を聴聞する手続であるが、その内容は、①処分の対象となる事実の存否に関する主張、②処分の対象となる行為の正当事由に関する主張、③事後的反省ないし改悛に関する主張となる。右①の点については、事前に昭和五五年七月三〇日と同年八月九日の二回にわたり大会の開催や内容について事情聴取し、事後においては一般紙で報道されたほか檀徒の機関紙「継命」九月一日号において詳細に報道しており、院達違反の事実は明白であった。右②の点については、右の事前の事情聴取、再三の院達による命令、法主の親書による説得等により理を尽くして大会の中止を命じたのに対し、被告を含む主催者らは、「継命」などを通じて一方的な主張を繰り返し、その論調が宗務院、法主に対する挑戦的なものであったことから同人らの言い分は明白で、弁疏をまつまでもなかった。右③の点については、事後の「継命」における被告の論調や、昭和五五年九月一六日付で被告を含む一八名の連名で法主にあてて、法主を批難する内容の「建言」と題する書面を送って来たことなどから、被告には何ら反省、改悛のないことが明らかであり、弁疏をまつまでもなかった。

5 参議会の決議について

(一) 参議会は懲戒に関する事項等についての代表役員(管長)の諮問機関であるにすぎず、参議会の可決は懲戒処分の効力要件ではないから、管長はこれに拘束されない。

(二) 議長については、参議会の構成員であるから、議決権を有するというべきであり、宗制・宗規からも議長に議決権があることを当然の前提としている。すなわち、参議会の定数は六名(宗制二九条一項)、定足数は五名(宗規九〇条)であり、議事の表決は「参議定数の過半数〔すなわち四名〕によって」決するとされている(宗規九一条)。このような規定の下では、議長が決裁権を発動すべき「可否同数のとき」(宗規九一条)とは、議長も議決権を行使した三対三の場合しかありえない。なぜなら、二対二以下では議長が決裁権を行使しても、定数の過半数である四票に達しないからである。

6 第一次監正会の処罰禁止裁決について

(一) 監正会は、宗務の執行に関する紛議又は懲戒処分について異議の申立があるときに限り、審査し、裁決できる権限があるにとどまる(宗制三二条)が、懲戒処分については、宗規二五五条、三五条の申立方法の規定や監正会が裁決機関であって執行機関でないことからすれば、具体的な懲戒処分に対し被処分者から不服申立があった場合にこれについて事後的に審査し、裁決しうるのみであり、宗務の執行に関する紛議についても、宗務が具体的に執行され、これに対する事後的紛議が生じた場合に審査裁決をすることができるにすぎない。

ところが、被告が昭和五五年九月一七日にした裁決申立は、具体的な宗務の執行が何らされていないのに、他の機関の権限に属する懲戒処分の事前禁止の命令を求めるものであり、既に行われた懲戒処分についての申立でもないから、不適法な申立であって、監正会はこのような申立に対して裁決をする権限を有しなかった。

従って、このような瑕疵ある処罰禁止裁決は無効である。

(二) 被告が昭和五五年九月一七日にした裁決申立は、同月二四日、監正会会長岩瀬正山が宗制・宗規に違反しているとして右申立を却下したので、監正会の手続は終了した。

従って、処罰禁止裁決は申立なくしてされたものであるから無効である。

(三) 監正会の開催は常任監正員全員の出席を要するが、第一次監正会は常任監正員光久を理由なく排除して開催されたものであり、構成員となるべき者を欠いた不適法な監正会によりされた処罰禁止裁決は無効である。

すなわち、監正会長岩瀬は光久に対し、開催当日の午前八時ころ、電話で同日午前一〇時から監正会を開催する旨連絡したが、光久は所用で出席できない旨返答したものである。電話による通知は慣行上正式な召集手続とは認められず、仮りにそれが認められるとしても、開催時刻二時間前の連絡は適式な開催通知とは認め難い。会長岩瀬は同日午前一〇時過ぎころ開催通知書を作成したが、光久が右通知書の内容を了知したのは同日正午ころであるから、開催時刻以後の開催通知は無効である。

ところで、宗規二九条二項は「常任の監正員が事故又は三一条の規定により出席することができないときは、会長は予備の監正員のうちから補充する。」と規定するが、こゝにいう「事故」とは、原則として長期にわたる海外出張や病気療養等の継続的な出席不能事由を指すものであって、一時的な支障などは含まない概念であるところ、右のような不合理な召集手続や光久の多忙な業務内容という状況下においては、光久が「事故により出席できない」ものということはできない。

(四) 被告がした申立に直接関係を有する常任監正員藤川法融は、宗規三一条により第一次監正会に参与できないにもかかわらずこれに参与しているから、右監正会は宗規に違反し不適法であり、これによる処罰禁止裁決は無効である。

すなわち、申立事件の内容は、「第五回全国檀徒大会出席を理由として処罰してはならない。」「正信覚醒運動をしていることをもって不利な一切の差別をしてはならない。」との裁決を求めるというものであるところ、右檀徒大会の主催者は昭和五五年七月四日に結成された正信会(正信覚醒運動を推進する僧侶の組織)の中央委員一八名であって、藤川は中央委員及び正信会議長として右大会開催につき中心的役割を果した。とりわけ、昭和五五年七月三〇日と同年八月九日の二回にわたる宗務院による大会主催者に対する事情聴取等の際には、藤川も中心者としてこれに参席していた。

(五) 宗規三六条一項によれば、申立書は正副二通の作成が要請されているが、これは副本を相手方に渡し、その弁明を聞くことを前提としている。ところが、第一次監正会においては、相手方たる管長ないし宗務院に対し副本を渡していないし、その意見を聴取することもなく裁決がされた。このような監正会の審理は正当な審理を尽くしていない違法があり、処罰禁止裁決は無効である。

(六) 宗規三六条一項三号では、申立書の必要的記載事項として「立証」事項の記載が必要であるが、被告が昭和五五年九月一七日にした裁決申立の書面には立証事項は一切記載されておらず、補充された事実もないので、本来は宗規三七条により却下されるべきものである。

従って、これに反してされた第一次監正会の審理手続は宗規三六条、三七条に違反するから処罰禁止裁決は無効である。

(七) 日蓮正宗においては、教義解釈権や僧俗の信仰のあり方等については、宗祖以来法主の専権事項とされているので、教義・信仰上の法主の指南(裁定)に対して、監正会はこれを否定する権限を有せず、これが監正会の裁決権についての内在的制約というべきことになる。第一次監正会では、その審理対象の一つが、申立書中の「第五回全国檀徒大会は池田大作等の謗法行為に反省を求めるものであり、大聖人の根本義に基づく仏法上正当な行為であって、昭和五五年八月一九日付院達は仏法違背の命令である。」との主張の当否であったところ、右院達による中止命令は、法主の教義・信仰上の指南に基づいて発令されたものであるにもかかわらず、処罰禁止裁決の理由は右法主の指南や教義・信仰上の判定を否定する内容となっている。

従って、処罰禁止裁決は監正会の越権行為によってされたものであるから無効である。

7 第二次監正会の処分無効裁決について

(一) 第二次監正会を構成した者のうち、岩瀬正山及び鈴木譲信に対しては停権、藤川法融に対しては降級二級の各懲戒処分が昭和五五年九月二四日に管長阿部日顕によって裁可され、同月二六日その宣告書がそれぞれ同人らに送達されたので、右三名は宗規一四二条、一三九条によりいずれも同日監正員の資格を喪失し、同月二九日の第二次監正会の際には無資格者となっていた。特に、藤川は正信会の結成に伴ってその議長に就任し、正信会報の発行人となり、正信会の中央委員として第五回全国檀徒大会の主催者となっていたことから、右大会開催について中心的な役割を果たすとともに同年七月三〇日と同年八月九日に行われた宗務院による事情聴取の際には大会主催者の代表者の一人としてこれに参席するなどして積極的に右大会を推進していたこと、本件中止命令のほかに、住職等にあてて発令された右大会に対して慎重を期すべきこと及び右大会開催禁止の趣旨を所属檀信徒に対し周知徹底すべきこと等を内容とする宗務院命令(院第一四六号及び第一五〇号)に反し、所属檀信徒等の右大会への出席を積極的に推進したことから、藤川に対する処分事由としては住職の罷免処分に該当するが、大会に出席しなかったという情状により降級処分に付されたものである。

従って、右三名の加わった第二次監正会は適法な構成による監正会とはいえないから、処分無効裁決は無効である。

(二) 第二次監正会は常任監正員光久を排除して開催されて不適法なものであるから、処分無効裁決は無効である。

すなわち、開催当日の午前六時一五分ころ、藤川法融から光久に対して同日監正会を開催する旨の電話連絡がされたが、光久は「秋田の大徳寺へ行くことになっており、出席できない。あなた方は監正員たる地位を失っているのだから監正会とは認められない。」と返答し、監正会の開催について異議を述べた。それにもかかわらず、第二次監正会が開催されたものであり、光久の欠席が前掲宗規二九条二項の「事故により出席できない」ことには該らない。

(三) 藤川法融は正信会議長、同会中央委員、第五回全国檀徒大会の主催者の一人であって、第二次監正会にかかる前記申立事件に直接の利害関係があったので、本来右監正会には参与できないにもかかわらず、これに参与したのであるから、右監正会は構成上不適法であり、これによる処分無効裁決は無効である。

(四) 第二次監正会は昭和五五年九月二八日の裁決申立について翌日直ちに裁決が行われ、証拠の蒐集、当事者特に相手方からの事情等を聴取することなく裁決されたものであるから、右監正会の審理は正当な審理を尽くしていない違法があり、処分無効裁決は無効である。

(原告の反論に対する被告の認否と再反論)

一  認否

1 原告の反論1のうち、(一)及び(二)の事実及び主張は争い、(三)の事実は否認する。

2 同2の(一)ないし(三)の事実及び主張は争う。

3 同3の(一)ないし(四)の主張は争う。

4 同4の(一)のうち、檀信徒等の処分には弁疏の機会が必要的であることは認めるが、その余の事実は否認し、主張部分は争う。(二)の事実は知らない。(三)のうち、原告主張のように事前聴取や継命に報道されたこと、院達による中止命令や法主の親書による説得があったことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

5 5の(一)の主張は争い、(二)のうち、宗制宗規に参議会の定数が六名で定足数が五名であり、議事の表決が参議定数の過半数によって決すと規定されていることは認めるが、その余の主張は争う。

6 6の(一)の事実及び主張は争う。(二)の事実は否認する。(三)のうち、原告主張のように光久に対し電話及び通知書をもって第一次監正会の開催通知をしたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。(四)のうち、申立事件が原告主張のような内容であること、正信会の結成日及び事情聴取の日は原告主張の日であることは認めるが、その余の事実及び主張は争う。(五)のうち、申立書は正副二通の作成が必要であること、監正会が申立の相手方の意見を聴取していないことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。(六)の事実は否認する。(七)のうち、申立書の記載事項については認めるが、その余の主張は争う。

7 7の(一)のうち、岩瀬正山、鈴木譲信及び藤川法融に対し昭和五五年九月二四日に原告主張にかかる懲戒処分が決定されたことは認めるが、その余の事実は否認する。(二)の事実は認める。その余の主張部分は争う。(三)の事実は否認する。(四)の事実のうち、当事者の事情等を聴取しなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

二  再反論(原告の反論7の(一)に対して)

監正員岩瀬正山、同鈴木譲信及び同藤川法融に対する各懲戒処分は、被処分者の帰責事由になりえない事実を捉えてした処分理由のない違法処分であり、監正員を処分して監正会の機能を停止させる目的でなされた意図的、政治的な処分であるから懲戒権の濫用であり、無効である。

(被告の再反論に対する原告の認否)

争う。

「乙事件」

(被告の請求の原因)

一  甲事件の被告の抗弁1、2、3の記載事実と同一であるからこれをこゝに引用する。

二  よって、被告は原告に対し、被告が原告の代表役員及び責任役員の地位を有することの確認を求める。

(原告の答弁と抗弁)

一  請求原因事実の認否

一の項を認める。

二  抗弁

1 甲事件の再抗弁事実1と同一

2 同2、3と同一

(原告の抗弁に対する被告の認否と再抗弁)

一  認否

甲事件の再抗弁事実の認否と同一

二  再抗弁

甲事件の再々抗弁事実と同一

(被告の再々抗弁に対する原告の認否と反論)

甲事件の再々抗弁事実に対する原告の認否・反論と同一

(再抗弁に対する原告の反論に対する被告の認否・再反論)

甲事件の原告の反論に対する被告の認否・再反論と同一

第三証拠関係《省略》

理由

(甲事件)

一  請求の原因一、二の項の各事実及び被告主張の抗弁事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の再抗弁について検討する。

昭和五五年九月二四日、日蓮正宗管長阿部日顕が被告に対し、原告の主管を罷免する懲戒処分(本件処分)に付し、同年同月二五日その旨通告したことは当事者間に争いがない。

まず、本件処分に至る経緯について観るに、《証拠省略》に前記争いのない事実を総合すると、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  日蓮正宗及び創価学会

(一) 日蓮正宗は、宗教法人法により設立された宗教法人であり、この法人の宗教法人法一二条一項の規定による規則は、日蓮正宗宗制と題するものであるが、宗制三条によれば「この法人は、宗祖日蓮立教開宗の本義たる弘安二年の戒壇の本尊を信仰の主体とし、法華経及び宗祖遺文を所依の教典として、宗祖より付法所伝の教義をひろめ、儀式行事を行い、広宣流布のため信者を教化育成し、寺院及び教会を包括し、その他この宗派の目的を達成するための業務及び事業を行うことを目的とする。」とされており、いわゆる包括宗教法人である。この法人に関する基本的事項は前記の宗制のほか宗制六条により「この宗派の規程」とされている日蓮正宗宗規において定められている。

この宗派、すなわち、宗教団体としての日蓮正宗の伝統は、「外用は法華経予証の上行菩薩、内証は久遠元初自受用報身である日蓮大聖人が建長五年に立宗を宣したのを起源とし、弘安二年本門戒壇の本尊を建立して宗体を確立し、二祖日興上人が弘安五年九月及び十月に総別の付嘱状により宗祖の血脈を相承して三祖日目上人、日道上人、日行上人と順次に伝えて現法主に至」り(宗規二条)、「宗祖所顕の本門戒壇の大漫荼羅を帰命依止の本尊と」し(宗規三条)、「宗旨の三箇たる本門の本尊即ち宗祖所顕の大漫荼羅、本門の題目即ち法華経寿量品の文底妙法蓮華経及び本門の戒壇の義を顕わすを教法の要義」とし(宗規四条一項)ていわゆる三大秘法が存し、「大漫荼羅を法宝とし、宗祖日蓮大聖人を仏宝とし、血脈付法の人日興上人を僧宝」とする(宗規四条二項)。その総本山は静岡県富士宮市所在の大石寺であって、昭和五五年当時において日本国内に四七五か寺の被包括宗教団体を擁し、教師(僧階として権訓導以上に叙任された者をいう。)の資格を有する僧侶が約六四〇名所属している。日蓮正宗の信者組織には創価学会、法華講連合会などがある。

日蓮正宗の代表者として、代表役員が置かれ、代表役員は宗規の規定による管長の職にある者をもって充てられ(宗制六条一項)、この法人を代表し、その事務を総理する(宗制八条)。宗規の規定によると、管長は、一宗を総理し(宗規一三条一項)、法主の職にある者をもって充てる(宗規一三条二項)こととし、法主は、宗祖以来の唯授一人の血脈を相承するものとされている(宗規一四条一項)。すなわち、日蓮正宗においては、宗祖以来の血脈を相承する法主が当然に一宗を総理する管長の地位に就き、かつ、宗教法人の代表者にもなることとされ、現法主は、昭和五四年七月二二日に死亡した第六六世細井日達の後をうけて、同日就任した第六七世阿部日顕に至っている。

(二) 創価学会は、昭和五年初代会長牧口常三郎が創立した日蓮正宗の在家信者を構成員とする創価教育学会(法華講の講中の一つであった。)をもって創始とし、同会が昭和二七年九月に日蓮正宗から許可を得て宗教法人として設立されたもので、その際、①折伏した人は信徒として各寺院に所属させること、②日蓮正宗の教義を守ること、③仏宝僧の三宝を守ることの三原則を遵守することを確約した。そして二代会長戸田城聖を経て、昭和三五年五月三日池田大作が第三代会長に就任し、昭和五四年四月二四日北條浩が第四代会長に就任した。

創価学会の昭和五四年四月二四日制定の会則は、「日蓮正宗の教義に基づき、日蓮大聖人を末法の御本尊と仰ぎ、日蓮正宗総本山大石寺に安置せられている弘安二年一〇月一二日の本門戒壇の大御本尊を根本」とし(会則三条)、「日蓮正宗を外護し、弘教及び儀式行事を行い、会員の信心の深化、確立をはかることにより、日蓮大聖人の仏法を広宣流布し、もってそれを基調とする世界平和の実現及び人類文化の向上に貢献することを目的」としている(会則四条)。創価学会の宗教法人法一二条の規定による規則も、右と殆んど同様のものを目的として定めている(規則三条)。

創価学会は、昭和五年の創価教育学会創立の頃には会員数もごく僅かであったが、戦後急激に発展し、昭和五五年現在全国の会員数約七五〇万世帯を擁し、日蓮正宗の信者の九〇%以上が学会員であると称している。なお、日蓮正宗の寺院及び教会に所属する檀信徒である創価学会員は日蓮正宗法華講に属する(宗制五八条、宗規一五七条)。

2  いわゆる創価学会問題の発生

日蓮正宗と創価学会とは、前記のようにいずれも日蓮正宗の教義を信仰する宗教団体である宗教法人であって、創価学会は日蓮正宗(以下、創価学会を除く意味合いにおいて、「宗門」ということがある。)を外護するものとされているが、池田大作が第三代会長に就任してその指導により創価学会が急成長をとげる中で、相互に相手方の宗教活動の在り方についての批判が行われるようになり、昭和五二年ころにはその対立が表面化するようになった。特に宗門側は、創価学会に日蓮正宗の伝統教義からの逸脱や宗門軽視の風潮がみられるようになったという創価学会批判が高まり、宗門内の大問題となり、被告においても、当時の住職をしていた別府市所在の寿福寺において創価学会批判活動をしていた。

そこで、創価学会においては、昭和五二年一一月一四日、宗門に対し、それまでの批判に対する創価学会側の見解を示すとともに、今後の両者の関係について僧俗和合、創価学会の自主性尊重、創価学会批判禁止、創価学会の儀式法要の承認、創価学会員の講加入についての事前協議などを要求した僧俗一致の原則案を提示した。続いて、宮崎県日向市所在の定善寺の落慶式の際、創価学会会長池田大作が細井日達に対し、「今までの我侭を御寛恕願いたい。」と述べた。これに対し、宗門においては、昭和五三年一月二日、創価学会の会長であると同時に日蓮正宗の寺院及び教会の檀徒及び信徒を総括する日蓮正宗法華講の総講頭(宗制五八条、宗規一五七条ないし一五九条)としての池田大作を昭和五六年一〇月一三日に行われる予定の宗祖日蓮大聖人第七百遠忌の慶讃委員長とし、僧俗一致寺壇和合すべき旨の管長日達の訓諭を発して創価学会問題解決の方途を探る一方、昭和五三年二月九日(第一回)及び同月二二日(第二回)、宗務員役職員(後の法主たる阿部教学部長も出席)、参議会議員、内事部役職員、宗会議員、宗務支院長のほか、宗門と創価学会との問題に関心を有していた若手僧侶(被告も出席)らを集めて、時局懇談会を開催し、出席者の意見等を聴取するなどの対応を示し、細井日達は前記創価学会の要求に対する回答として創価学会の現状に批判的である態度を表明した。また他方では、宗務院は、細井日達の指示により、全国教師宛に昭和五三年四月五日付院達(院第二八六六号)を発し、お講の席では御書の説法のみとし創価学会批判等の言動は厳に慎しむべきことと伝達した。

このような創価学会と宗門の対立の中で、宗門側が宗内僧侶の意見を聴取して、創価学会の教学における初代会長牧口常三郎、第二代会長戸田城聖及び第三代会長池田大作の位置づけ、血脈相承及び謗法厳誡の内容、寺院・会館の混同、僧俗の区別の意義等についての質問事項をまとめ、昭和五三年六月一九日、これを「創価学会の言論資料について」と題する書面にして創価学会に示した。創価学会はこれに対し文書で回答したが、その回答の骨子は、血脈について日蓮正宗の教義に反する理解はしていないこと、戸田城聖及び池田大作を本仏と考えてはいないこと、宗門の伝統やその教学に対し配慮の至らない部分があったこと、これらにつき誤解を生む表現があったことを認め、爾後十分注意することなどであった。

細井日達は、右回答の取扱いにつきその重要性に鑑みて、日蓮正宗の教師資格を有する全僧侶を全国から大石寺に集めて重要な指南を行うため、昭和五三年六月二九日に全国教師指導会を開催し、そこで右回答を示し、参集者の支持のもとにこれを了承することとした。

右回答の全文だけは、昭和五三年六月三〇日、創価学会の機関紙聖教新聞の第四面に「教学上の基本問題について」と題して掲載された。以後、これを宗門では「六・三〇」と称していた。

3  全国檀徒大会(第一回ないし第四回)の開催

被告ら創価学会の現状に批判的な若手僧侶は創価学会を批判し、昭和五二年ころから日蓮正宗の教義に従った正しい信仰を確立することを標傍するいわゆる正信覚醒運動を行ってきたが、創価学会の前記回答は内容的にも不充分であり、聖教新聞の掲載の仕方からしてもそれを掲載したことで創価学会問題が解決に至ったものではなく、なお創価学会に対する批判を続行する必要がある旨主張し、右主張の実践の一つとして、創価学会に教義逸脱があるとして創価学会を退会した日蓮正宗の信者(これを「檀徒」と称した。以下「檀徒」とあるのはこの意味の信者を指す。)を集めて全国大会を開催することとした。

(一) 第一回大会

昭和五三年八月二六日及び二七日、第一回の全国檀徒大会が大石寺大講堂で開催され、全国から日蓮正宗の僧侶約一八〇名、壇徒代表約六二〇〇名が参加した。この大会のため主として活動したのは被告のほか訴外丸岡文乗、秋山徳道、渡辺広済、荻原昭謙、山口法興、その他の者であった。

右大会には細井日達も出席し、その機会に同人の指南が行われた。同大会の内容及び経過等は「第一回日蓮正宗全国檀徒総決起大会紀要」と題する文書に掲載され、昭和五三年九月二五日付で刊行された。

(二) 第二回大会

昭和五三年一〇月三日、活動僧侶達は、東京都所在の常在寺において、その僧侶のうち約一八〇名が参加して会合を開き、今後の活動について協議した。その際、活動者遵守事項を作り運動を組織的に進めることとし、正信覚醒運動については創価学会の教義逸脱を糾弾し、信徒には日蓮正宗本来の信仰を取り戻させることを目的とするものであることを明確にした。他方、宗務院は、全国寺院教会住職主管教師僧侶宛に、昭和五三年一〇月三日付院達(院第二九一五号)を発し、池田大作が御本尊を模刻したとして従前問題になっていた板本尊の取扱いが定まったので、今後この件についての一切の論議を禁止する旨の法主の命令があったことを伝達した。

昭和五三年一一月七日、創価学会は代表幹部約二〇〇〇名が大石寺に登山し、細井日達ほか日蓮正宗僧侶の出席のもとに創価学会創立四八周年記念登山代表幹部会を開催した。右幹部会において、創価学会幹部から創価学会の従前の活動の在り方や行き過ぎにつき反省とお詫び及び今後日蓮正宗の伝統・教義の基本をふまえ、宗教法人創価学会設立時の三原則を遵守し、日蓮正宗の信徒団体としての性格を明確にしたい旨の発言があった(これを宗門では「一一・七」と称していた。)。これを受けて、細井日達はこれまでの宗門と学会との争いはすべてここに終止符を打ち理想的な僧俗一致の実現をめざすよう指南した。右幹部会の内容は、その直後の聖教新聞、創価学会の理論誌「大白蓮華」及び日蓮正宗機関紙「大白蓮」に掲載された。

右の経過をたどりつつ、昭和五四年一月二七日及び二八日、第二回全国檀徒大会が大石寺大講堂で開催され、全国から僧侶約二三〇名、壇徒代表約五五〇〇名が参加し、細井日達も右大会に出席して指南し、「僧侶達が創価学会に対してその誤りを指摘して日蓮正宗を護ろうとしているその誠意は、日蓮正宗の根本の精神を広宣流布する為であるという深い赤誠である。今後できるだけ間違った教義だけをどこまでも追及して日蓮正宗の七百年来の大聖人の御心意である広宣流布を正しい道において守って貰いたい。」と述べた。同大会の内容等は「第二回日蓮正宗全国檀徒総会紀要」と題する文書に掲載され、昭和五四年二月一三日付で刊行された。

(三) 第三回大会

昭和五四年三月三一日、細井日達は大石寺大講堂における妙観会において、若い人達が結束して創価学会の間違ったことを指摘しているのは、長い間宗門に尽くした創価学会の功績を無にさせたくない為にしていることを了承してもらいたいこと、今後も僧侶は腹を決めて、創価学会に対し教義の間違いを指摘し、指導していかなければならない旨指南した。

宗務員は、教師あてに昭和五四年四月六日「創価学会に関する件」と題する院達(院第二九九八号)を発し、「一一・七」により創価学会の教義上の誤りの訂正及び徹底につき六ヶ月の猶予を与えたから、その間教師は創価学会に対し妄りの非難等を加えないよう注意をした。

同年四月二四日、創価学会は最高議決機関である総務会を開き、新たに会則を制定し、日蓮正宗の法主が指名する僧侶をもって充てる最高顧問を置くこととし(会則一二条)、また、法主の指南に則り教義の厳正を保持、指導するため、最高教導会議を置くこととした(会則二一条)。これと同時に、同日、池田大作が創価学会問題の責任をとって創価学会会長を辞任し、その職を北條浩に譲って名誉会長となり、更に、同月二六日、日蓮正宗法華講総講頭を辞任して宗規一五八条二項に基づき名誉総講頭となった。

これを受けて細井日達は、同月二八日、宗務支院長、副支院長などの役職員を集めた教師代表者会議を開催し、創価学会の前記新体制に対する宗門の方針等について、お講において教義以外のことを述べないこと、これに関しての宗務院通達は厳重に守ること、万一違反行為があった場合は処分も辞さないこと、創価学会員に対し檀徒となるべく働きかけないこと、創価学会と関係する教義上の問題や寺院運営上の問題などは最高教導会議、地方協議会で協議していくべきことを指南した。これに基づき、同年五月一日、宗務院は全国教師僧侶あてに院達(院第三〇一五号、第三〇一八号)をもって右指南を通達した。更に、日達は、同年五月三日、創価学会第四〇回本部総会において、創価学会は信徒団体としての基本は忠実に守り、宗門を外護し、そのうえで自主的な活動をすべきこと、数年来の宗門と創価学会との間の紛争を水に流し、大同団結して宗門の発展ひいては広宣流布に協力して欲しい旨の発言をし、同年同月二九日、日蓮正宗の僧侶及びその家族の会である第二一回寺族同心会において、前記の創価学会の新体制発足に対する宗門の方針について、宗門としては創価学会の新執行部の発足を契機に創価学会が教義を守り、僧俗和合の方向へ進むか否かを見守ることとしたこと、僧侶は直接創価学会批判をせずに、創価学会に間違ったことがあれば宗務院などに言ってきてほしいこと、それを宗門側から創価学会に注意して改めさせるつもりであること等を説明した。

他方、活動家僧侶と檀徒らは、同年四月二八日、日蓮正宗全国檀徒新聞「継命」を創刊し、創価学会批判を展開していたが、宗務院は、昭和五四年六月一六日付院達(院第三〇四七号)をもって、継命編集責任者に対して院第三〇一五号院達に反する論調が強いから注意するようにと通告した。

細井日達は同年七月二二日急逝し、総監であった阿部日顕が日蓮正宗第六七世法主を称するに至った。

かくして、同年八月二五日及び二六日、第三回全国檀徒大会が大石寺大講堂で開催され、僧侶約二〇〇名、檀徒代表約三〇〇〇名が参加し、阿部日顕も法主として出席し指南をした。右大会の内容等は、「第三回日蓮正宗全国檀徒総会紀要」と題する文書に掲載され、昭和五四年九月二三日付で刊行された。

(四) 第四回大会

宗務院は、昭和五四年一〇月八日宗内一般あてに院達(院第一八号)を発し、阿部日顕の下における創価学会に対する宗門の基本的態度は細井日達の僧俗和合路線を引き継ぐものであること、僧侶はこれに従って創価学会の過去の誤りを講や出版物などにおいて指摘批判してはならず、創価学会員に檀徒となるべく働きかけてはならないこと、創価学会にあっては、「六・三〇」、「一一・七」につきさらに全会員が充分その経緯と意義内容を理解し納得するよう意を尽くして説明徹底し、その為には過去の誤ちを反省し、再びそれを繰り返さないことを指示した。

創価学会は、昭和五四年一〇月一二日付聖教新聞において、会長北條浩が右院達の指示を遵守する旨発表し、同年一一月一一日付同新聞に、過去の経過の中から反省し、改めた諸点を要約したことを「特別学習会のために」と題して掲載した。

このような中で、昭和五五年一月二六日及び二七日、第四回全国檀徒大会が大石寺大講堂で開催され、僧侶百数十名、檀徒代表約三〇〇〇名が参加した。阿部日顕は右大会においてした指南の中で創価学会問題を正面から取りあげ、現在の創価学会はその基本、原点において、これまでの弊害を相当程度既に自覚、反省していると認められること、昭和五四年五月の創価学会本部総会において細井日達が述べた方針を承継していくこと、法主の意を受けて具体的に行政上実施している宗務院の方針に従って行くことが肝要であること、これに従わないならば日蓮正宗の正しい信心のあり方から逸脱することになると述べ、右大会の内容の詳細は日蓮正宗全国檀徒新聞「継命」の同年二月一五日号で報じられた。

4  第五回大会

(一) 全国教師指導会

阿部日顕は、創価学会に関する種々の問題で宗門内の意見の対立とその内容が宗門の命脈とする根本の信仰のあり方にまで及んでいることを感じ、法主としてこれに対し明確な指導をする必要があると考え、昭和五五年七月四日、全国の住職及び主管を集めて全国教師指導会を開催した。同会における阿部日顕の指南は、「過去の創価学会は、創価学会中心に考え宗門を創価学会に組み入れることを考えていたもので、いわゆる中小の謗法があったから、創価学会の過ち是正のために採ってきた宗門の行動は正しかったといえるが、創価学会がその過ちを改めつつある現状においては、これを攻撃、非難するのではなく、指導、善導する時期に来ている。創価学会も解ってくる時代に入っているので、創価学会の行ってきた誤りを直していくことは絶対可能である。法主が責任をもって指導善導するから個々の僧侶が勝手にバラバラな形で創価学会批判をするのはやめて、何かあれば地方協議会や宗務院に言って来てほしい。宗務院を中心とする一本化の体制で創価学会に対応する。」旨の内容であった。

(二) 開催に至る経緯

被告らいわゆる正信覚醒運動の活動家僧侶は、創価学会では日蓮正宗の根本教義に対する誤りや逸脱の反省及びそれを改めることが徹底されていないから、日蓮正宗の信者団体としてふさわしい体質改善をするまで正信覚醒運動を継続する必要があり、創価学会批判を禁じた阿部日顕の僧俗和合路線は誤りであるという見地から、正式に団体を結成して運動を推進させようと決意し、同日、全国教師指導会終了後、正信覚醒運動を推進する僧侶の集りを「正信会」と名づけ、議長に藤川法融、副議長に渡辺広済及び被告が就任し、執行機関である中央委員に右三名を含む一八名が就任した。

昭和五五年六月一四日、被告は、阿部日顕に対し、大石寺で第五回全国檀徒大会の開催をしたいと申し出たところ、阿部日顕が創価学会批判をする大会であれば許可できない旨述べたので、正信会中央委員会は、同年七月一〇日、東京都千代田区所在の日本武道館を会場として、正信覚醒運動の立場から創価学会を糾弾することを意図し、右中央委員が主催者となって第五回全国檀徒大会を同年八月二四日に開催することに決定した。

宗務院は、昭和五五年七月半ばころ、第五回全国檀徒大会の準備を知り、右大会が趣旨及び内容の点で従前の大会と同一であれば創価学会問題についての前記教師指導会における阿部日顕の指南に反するため、同月三〇日、大石寺において、被告及び藤川法融外三名の右大会主催者から予定されている大会の式次第を聴取し、創価学会を批判する大会ならば中止せよと申し入れたうえ、同月三一日、大会主催者宛に院達(院第一四五号)を発し、第五回全国檀徒大会の内容につき前記教師指導会における阿部日顕の指南を遵守し、創価学会に対する誹謗中傷的言辞は行わないこと、それを守れないことが予想される場合は右大会を中止するように命じ、同日、全国教師あてに右院達が発せられたことやその趣旨を理解し慎重を期することを通知する院達(院第一四六号)を発した。更に同年八月九日、被告及び藤川法融外四名から第二回の事情聴取を行った結果、宗務院は、右大会が創価学会批判の為に開催され、創価学会の現況に対する批判と正信覚醒運動の活動方針を発表するなどの内容を予定(被告は「現況報告」、藤川は「今後の運動方針発表」と題する発言を予定)していること、被告らが阿部日顕の指南が示す宗門としての方針に反する活動をする理由は、前記のような創価学会問題についての認識、理解の相異にあることを知り、同月一一日、大会主催者あてに院達(院第一四九号)を発し、第五回全国檀徒大会の開催の中止を命じるとともにこの命令違反に対しては相当の処置をとることを通知し、同日、宗内一般宛にも右院達が発せられたこと、その命令の趣旨を理解して慎重に対処すること、寺院住職主管各位には所属檀信徒に周知徹底させることを通知する院達(院第一五〇号)を発した。更に、同月一九日大会主催者あてに院達(院第一五八号)を発し、第五回大会の開催は僧俗和合の道を破壊し、宗内秩序を乱すものとして、重ねて、その中止を命じ、これに反するときは断固たる措置をとることの警告をした。また、同日、宗内一般あてにも院達(院第一五九号)を発し、院第一五八号の院達が発せられた旨を通知すると共に右大会への出席の禁止を命じ、これに反するときは然るべき措置をとる用意があることを通告した。これに加えて、法主阿部日顕においても右大会の中止を説得する旨の親書を発して大会主催者に届けさせた。

(三) 第五回大会

昭和五五年八月二四日、第五回全国檀徒大会が午後一時から約三時間にわたり日本武道館において開催され、主催者の発表では僧侶一八七名、檀徒一万三〇〇〇名が参加した。同大会は、二部構成で進められ、第一部はスライドによって正信覚醒運動の歩みをたどり、第二部では、まず、山口法興が今後の運動方針を発表するとともに創価学会の改革案として、(1)独立法人の形態を改めること、(2)幹部による指導方式の改革、(3)職業幹部の廃止、(4)会館等の縮少、(5)政教分離の徹底を提案して賛同を得た。次いで、檀徒の決意発表、被告の現況報告がされた後、当初のプログラムになかった創価学会の前教学部長原島嵩の創価学会及び池田大作批判の発言がされた。最後に、荻原昭謙が「池田大作氏は自身及び学会首脳部を教唆煽動して犯した日蓮正宗教義よりの違背・謗法行為と反社会的非行の数々を自覚反省し、①日蓮正宗法華講名誉総講頭を辞退せよ。②宗祖日蓮大聖人第七百遠忌慶讃委員長を辞任せよ。③学会における実質的支配を直ちに止めよ。」との緊急動議を提出し、これが大会決議として採択され、檀徒七人がこれを直ちに創価学会本部へ届けることとなって閉会した。

以上の模様は、報道関係者に公開され、大会後、渡辺広済、被告、荻原昭謙、丸岡文乗及び山口法興は報道関係約三〇社の出席する記者会見に臨み、声明文を発表し、質問に答えるなどして中止命令を発した宗務院は誤っていると批判した。

第五回全国檀徒大会の内容は、昭和五五年九月一日付の「継命」により詳細に報じられた。

5  処分の手続及び内容

宗務院は、右大会開催につき、総監藤本栄道が責任者として事実関係を調査し、関係者の懲戒処分案を作成し、昭和五五年九月二四日、参議会の諮問を経て、同日の責任役員会で議決された。

右処分の内容は、宗務院の本件中止命令に違反して第五回全国檀徒大会の開催を強行した主催者一八名のうち、大会において発言し、あるいは記者会見をするなどして積極的行動をしたことを理由に渡辺広済、被告、荻原昭謙、山口法興及び丸岡文乗の五名を住職又は主管者から罷免し、残る一三名を降級二級とし、出席者のうち、一五五名を停権二年とし、出席はしたが大会後謝罪をした者一四名及び大会を支持した不参加者九名をいずれも停権一年、在勤教師等の出席を容認した者五名を譴責するというものである。

被告については、同日、管長阿部日顕の裁可を得て、右管長の名をもって、本件中止命令に正当な理由なくして従わず第五回全国檀徒大会を主催し運営したとして宗規二四八条二号により小田原教会主管を罷免する旨の同日付宣告書が作成交付された。

前叙認定の事実からすると、本件中止命令は直接には被告らが開催しようとした第五回全国檀徒大会の中止を命じたものであって、右大会開催に至る経緯は日蓮正宗の教義、伝統に対する創価学会の態度につき同学会が反省の態度をとっていたことからその処遇の仕方について法主(管長)・宗務院側と正信会僧侶・檀徒側とで考え方の対立があって、それが信者の教化育成と教義の広宣流布などにかかわるものであったことから、阿部日顕が昭和五五年七月四日に全国教師指導会で創価学会の批判を禁止する旨の指南をしたのに対し、正信会僧侶がそれに不満を持って創価学会批判を行う為に右大会を計画したものであり、被告ら正信会僧侶は右大会の内容が右指南に反するにもかかわらず日蓮正宗に属する僧侶としての立場においてその宗教活動の一環として檀徒を動員することにしたところ、これを察知した法主(管長)・宗務院側が被告らに対し事前に事情聴取し右のような大会趣旨ならば右大会を中止するようにと要請したうえで右命令が発令されたことなどから、右大会の開催は日蓮正宗の信者の教化育成のあり方や時の法主(管長)の指南に背くという信仰のあり方の問題を含む故に、右命令の発令された原因、発令に至る経緯、命令の趣旨及び内容、発令の態様などを考慮すると、右大会の中止を命じた本件中止命令は、日蓮正宗の教義・信仰にかかわる宗務上の事項に関する命令と解するのが相当である。

三  本件中止命令の効力について

1  本件中止命令の発令権

被告は、宗務院には、独自に本件中止命令を発しうる固有の権限がなく、これを発するには責任役員会の議決が必要であるところ、右議決がなかった旨主張し、原告は、右命令が宗教事務の性質を有するから法主の専権事項に属し、法主の指示に基づいて右命令が発せられたものである故に右議決は不要であると反論する。

《証拠省略》によれば、本件中止命令は法主(管長)阿部日顕の指示に基づき宗務院が院達の形式で発したことが認められる。

そこで、日蓮正宗における法主、管長の権限についてまず検討すると、《証拠省略》によれば法主については、宗規一四条一項に「法主は、宗祖以来の唯授一人の血脈を相承し、本尊を書写し、日号、上人号、院号、阿闍梨号を授与する。」と定められている以外、宗制宗規上その地位・権限について定めた規定はなく、それが宗教上の地位であることは明らかであり、管長については、宗規一三条一項に「……本宗の法規で定めるところによって、一宗を総理する。」とされ、責任役員会の議決に基づいて「法規の制定、改廃及び公布」「訓諭、令達の公布」「宗務、布教、教育、その他の職制並びに役職員の認証、任免」「教義に関して正否を裁定する」(宗規一五条一、三、四及び五号)とされているから宗教活動の主催者としての宗教上の地位を有するとみられるが、他方、「本宗並びに寺院及び教会の財産の監督」「宗費の賦課徴収、義納金の徴収」(宗規一五条八及び九号)、日蓮正宗の資産を管理する(宗規二六二条)とされ、財産的活動についても権限を有しているから、法律上の地位をも併せ有することが認められる。

ところが、宗教法人法のいかなる規定も、個人、集団又は団体が、憲法二〇条によって保障された信教の自由に基づいて宗教上の行為を行うことを制限するものと解することはできず(宗教法人法一条二項)、同法は、代表役員及び責任役員の権限は宗教法人の事務処理の範囲に止まり、当該団体の宗教上の機能について何らの支配権その他の権限を含むものではない(同法一八条六項)と定めているから、管長が法律上の地位に基づいて宗教法人の財産の管理、維持、運営等に関する事務(法人事務ともいう。)についての権限を行使する場合は宗教法人法の定め(例えば同法一九条の規定によれば法人事務はすべて責任役員(会)の議決を必要としている。)に従って規定された宗制・宗規の手続等を遵守しなければならないが、管長が宗教上の行為等(宗教事務ともいう。)についての権限を行使する場合には、必ずしも右の宗教法人法に基づく宗制・宗規の規定に全面的に制約されるものではなく、宗教活動の自由という見地から自治規範を尊重し、当該規定の文言、その規定の立法上の沿革、その運用の実態、それに関する慣行と伝統とを総合考慮して解釈し、相当と認める内容、手続等によることができるものというべきである。

そこで、本件中止命令の発令権とその手続を考察するに、《証拠省略》を総合すると、日蓮正宗においては、立宗以来成文の規則がなかったが、宗祖の遺文や歴代法主の教示等から、古来法主は宗旨を承継し、宗教上の最高権威者として教義の解釈・裁定を行ない、僧侶や信者の信仰のあり方などを決定し、宗派を統率してきたこと、明治になって当時の政府は宗教政策の一環として、明治一七年太政官布達第一九号を発布し、管長制及び宗教規則(宗制・寺法)の制定を義務づけ、寺院住職の任免と教師等級の進退をすべて管長に委任し、管長の就任、規則について認可制を採用したことから、日蓮正宗は日蓮宗から日蓮宗富士派として明治三三年九月に独立した際、日蓮宗富士派宗制寺法を制定し、管長を置き、右太政官布達などに従って、法主の有していた権限のかなりの部分が管長に委譲され、総括的には「管長ハ宗制寺法ニ依リテ一宗ヲ統監ス」(宗制寺法八条)とし、個別的には教義の裁定、教師の教育、住職の任免、僧階の決定、僧侶信者に対する褒賞・懲戒などの権限を有し、宗制寺法上形式的に管長が宗務の最高決定権者、執行権者とされたこと、第二次大戦後、日本国憲法により信教の自由が保障され、この基盤の上に立ち宗教法人の特殊性と自主性を重んじる新たな宗教法人制度として、昭和二六年四月三日、宗教法人法(昭和二六年法律第一二六条)が公布施行され、管長認可制が廃止され、この法律が宗教上の行為にふれないとした後においても、日蓮正宗においては同法があたかも責任役員(会)を宗務全般に関する必要的議決機関として設置しているもののように誤解し、この誤解に基づいて宗制宗規の形式を整えようと昭和二七年一二月二五日の改正で、管長の宗務執行には責任役員会の決定を要する(宗規一五条)とし、宗務は責任役員会で議決し(宗規一七条)、右議決に基づき宗務院で宗務を行う(宗規一八条)と定めたこと、しかし、日蓮正宗では実際の運用にあたっては、従来からの伝統などに従って宗教事務については法主(管長)が決定し、指南し、命令することによって決定・執行されており、責任役員会の議決を経ていなかったこと、但し、宗規一五条に列記の宗務の中で、宗会議決事項(同条一号、同条六号のうち寺院教会の等級、同条九号)と参議会諮問事項(同条六号のうち僧階の昇級、同条七号)のみについては責任役員の協議により決定されていたこと、特に法主(管長)は、協義、信仰上の判定をし、これに基づいて僧侶、信者の教化育成や指南をする場合(以下これを「教導」ともいう。)にその内容のみならずそれを訓諭、宗務院命令、指南などのいかなる形式で周知徹底させるかも法主(管長)自らが決定し、宗務院命令として教導を行う場合であっても責任役員会の議決を経ることなく、法主(管長)自らが内容を定めて宗務院に指示し、この指示を受けた宗務院が通達を作成して達示してきたことが認められる。

右認定の事実によれば、宗規一五条、一七条、一八条に規定する責任役員会の議決を要する「宗務」には、宗会議決事項と参議会諮問事項を除く宗教事務は含まないと解され、右事務は法主(管長)の専権に属すると解するのが相当である。

従って、法主(管長)の指示に基づいて発令された本件中止命令は、教義信仰にかかわる宗教上の事項に関するものであって宗会議決事項、参議会諮問事項にも該当せず、その発令権は法主(管長)の専権に属し、その手続において瑕疵がなく、被告の主張は採用できない。

2  憲法違反、公序良俗違反について

被告は、本件中止命令は、集会、結社等の表現の自由を侵害するものであるから憲法二一条、民法九〇条に違反して無効であると主張し、原告は、右命令は宗教団体内における自律権の範囲内の問題であるから右法条に違反しないと反論する。

憲法二一条のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互間の関係については当然に適用ないし類推適用されるものではないから本件中止命令によって全国檀徒大会の開催を否定することは直接憲法二一条に違反するかどうかを論ずる余地はない。そして、一般的に、私人相互間の法律関係は私的自治の原則に基づき規律されるのであって、私人相互間の社会的力関係の相違から力の優越する者が力の弱い個人の基本的な自由や平等を具体的に侵害し、またはその虞があり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときには右侵害行為が民法九〇条の適用により公の秩序又は善良の風俗に違反して無効とされる余地がある(最高裁判所昭和四三年(オ)第九三二号昭和四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁参照)。他方、憲法二〇条一項及び二一条一項で宗教的結社の自由が保障され、憲法二〇条、宗教法人法一条二項、八五条で宗教活動の自由と政教分離の原則が保障されていることを考えると、宗教団体が自らの組織運営について自治権ないし自律権を有することが保障されているものと解され、更に、宗教団体は宗教法人法二条により教義の広宣、儀式行事の執行、信者の教化育成を主たる目的とするとされていることからすると、宗教団体は、その目的と宗教の多元的多義的意義の存在からして教義と儀式の統一性の保持が必要であり、所属する僧侶・信者等もその承認と支持が条件となるのであるから、原則として教義と儀式の統一に必要な合理的範囲内で高度の自律権が尊重されるべきものと解される。従って、宗教団体に所属する僧侶・信者は、教義・伝統の解釈、教義の広宣、儀式行事の執行、僧侶・信者の教化育成などの宗教上の行為について、宗教団体の教義、儀式、信仰のあり方及びその方針に反する場合で且つ社会的に許容しうる限度内において、宗教団体から表現の自由が制約されるのもやむを得ないと解するのが相当である。もっとも、《証拠省略》によれば、日蓮正宗では、宗規二一三条で「教師は教典の註釈書又は教義に関する著述をすることができる。但し、この場合は宗務院の許可を受けなければならない。また、定期の出版物は宗務院に届出るものとする。」と規定しているが、これは直接的には出版物に関しその制約の方法として許可制と届出制とを明確にしたものにすぎず、表現の自由の制約をそれのみに限定したものと解する根拠とはなりえない。

ところで、本件においては、前記認定のように、被告らの計画した第五回全国檀徒大会は、日蓮正宗の教義、伝統を過誤・逸脱した創価学会が反省の態度をとっており、その処遇の仕方について、法主(管長)から創価学会批判を禁じられたにもかかわらず、法主(管長)の方針決定に反し、創価学会の現況に対する批判と正信覚醒運動の活動方針の発表をするという内容を予定していたのであるから、まさにそれは日蓮正宗の教義の解釈を前提とする信者の教化育成と法主(管長)の指南に背くという信仰のあり方に係わる宗教上の問題であって、右大会の開催が日蓮正宗の方針に反する場合にあたり、本件中止命令が法主(管長)阿部日顕の専権に基づきその指示によって発令されたものであり、日蓮正宗の教義、信仰にかかわる宗教上の事項に関する命令であるという性質を有し、前記認定のような発令に至る経緯、発令内容、発令態様等をも考慮すると、右命令は専ら宗教団体内部の自律権の範囲内の問題であって、裁判所がその内容に立入って公序良俗違反の判断を加えるべき事項には属しないものといわなければならない。

四  本件処分の実体的効力

1  宗規二四八条二号の正当理由について

被告らは、教師資格を有する者として日蓮正宗の運営等について意見を表明する権利が宗制宗規上認められており、これに基づいて創価学会の処遇につき教義違反等の再発を防止する為にその組織・人事の改革等を求めるという内容で第五回全国檀徒大会を開催したのであるから、宗規二四八条二号の正当理由があると主張する。

宗規二四八条二号は役員、職員、住職又は主管を罷免する事由の一として「正当の事由なくして宗務院の命令に従わない」者を規定していることは当事者間に争いがないところ、前記認定の第五回全国檀徒大会の開催内容(参加者、進行構成、登檀者の発言内容など)は、創価学会の現況に対する批判、創価学会に対する批判的改革案の発表、池田大作批判であり、他方、法主(管長)阿部日顕の創価学会批判禁止の指南もいずれも日蓮正宗の教義、信仰にかかわる宗教上の問題そのものに関する事項であり、この事項との関連において宗務院の命令に従わない正当の事由があったかどうかは専ら日蓮正宗の本旨と密接不可分の判断を求めることになるところ、これは宗教団体である日蓮正宗内部の自律権によって解決されるべきことであるから当裁判所の判断を示すことはできない。

2  懲戒権の濫用について

被告は、本件のような罷免処分は重大な命令違反の場合に限られるべきところ、被告らの正信覚醒運動や第五回全国檀徒大会の開催が宗門の多数の僧侶に支持されていたこと、右大会は日蓮正宗の護持という目的の正当性があること、創価学会は日蓮正宗とは別法人、別活動であって関連性が薄く、宗門内部の集会で創価学会を批判する発言をしても統制する必要がないこと、主管の罷免は被告の生活権を奪うことになることなどから本件処分は重きに失し著しく相当性を欠き懲戒権の濫用であって無効となると主張し、原告は、本件処分は自律権の行使の範囲内のものとして許容されると主張する。

本件処分は、前記認定のように宗規二四八条二号の「正当な理由なくして宗務院の命令に従わない者」に該当するとして行われたものであるが、主管(住職)罷免処分の場合はその宗教上の地位に止まらず寺院等の責任役員、代表役員という法津上の地位の剥奪を伴ったり生活の利便を奪うことになるという重大な結果が生ずるのであるから、右にいう「宗務院の命令に従わない」とは、主管(住職)の地位を剥奪しなければならないほど重大な命令の違反に限ると解するのが相当である。しかしながら、具体的な命令違反行為が罷免事由に該当するかどうかについては、前述のように憲法及び宗教法人法が宗教団体の組織・運営について自治権ないし自律権を保障していると解されるばかりでなく、本件処分のような宗教上の人事につき裁判所がその処分内容を深く詮索しその適否を判断することになれば実質的には国家による宗教への干渉となりかねないことからすると、懲戒権者に任された裁量の範囲は広く、これを十分に尊重すべきであり、その処分に対する手続が著しく適正を欠き、或いはその処分が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合に限り、その懲戒処分は裁量権の逸脱又は濫用として裁判所の判断に服するものと解される。

そこで、このような観点から本件につき検討すると、前記認定のように本件中止命令は、創価学会に対する処遇について法主(管長)・宗務院側と正信会僧侶・檀徒との間に見解の対立があったことを背景に、法主(管長)のした創価学会批判禁止の指南とこれに対する被告ら正信会僧侶が正信覚醒運動の一環として第五回全国檀徒大会を計画したことの対立において、法主(管長)の専権に基づいて発令されたものであり、日蓮正宗の教義の解釈、信者の教化育成のあり方、信仰のあり方にかかわり、日蓮正宗の運営の根本にも関係する重大な事項に関する。

前記認定のように、日蓮正宗と創価学会は宗教団体又は宗教法人としてはそれぞれ別個の存在でありながら、同じ日蓮正宗の教義を信奉し、日蓮正宗が包括宗教法人として僧侶を中心とした団体であるのに対し、創価学会は歴史的にも実質的にも日蓮正宗の信者の団体で且つ日蓮正宗を外護しその教義の広宣流布を目的として活動している団体であり、その会員は日蓮正宗の寺院及び教会にも所属する檀信徒ともなっており日蓮正宗の信者の九〇%が創価学会員であると称されているが、教義に関しては日蓮正宗が全体を統合するという密接な関係にある。このような両者の事実関係の下においては、宗教団体としての日蓮正宗は、同一の教義を信奉する創価学会との間において、必然的に宗教上の規律の保持又は教義の統一性の確保、手段方法を論叢することになり、いずれが宗教上の指導権を握るかはともかくとしても、日蓮正宗にとって創価学会問題は教義、信仰、教団の存立に深くかかわる問題である。そして、前記認定のような日蓮正宗の教義を過誤、逸脱したとする創価学会に対する対処の仕方の是非を論ずる場合には、批判対象とされた会長本仏論、本尊模刻などの諸事項の内容、程度とその評価の問題(教義上の「血脈相承」「謗法」などに関係する。)、反省の態度を示しているとする創価学会につき批判を収めて善導するべきか、批判を継続して徹底して直すべきかの処遇の当不当の問題(基本的には反省の態度の評価つまり教義の「懺悔」に関係する。)、時の法主(管長)の創価学会批判禁止の指南と本件中止命令に服しないことが正当か否かの問題等を検討する必要が生じるが、右諸問題は信者の教化育成と教義の広宣流布に深く関連し、法主(管長)の方針決定に反することの教義上の意義、信仰のあり方に係わるものであって、いずれも教義の解釈や信仰上の価値判断を離れては論定しえない問題であるから、憲法二〇条、宗教法人法一条二項及び八五条で信教の自由と政教分離の原則を保障している趣旨に照らして、右問題の当、不当の判断は宗教団体内部の自治的解決に委ねられるのが本筋であり、裁判所はこれにつき判断を示すことはできないと解するのが相当である。

五  本件処分の手続上の瑕疵について

1  弁疎の機会の欠如について

被告は、日蓮正宗では僧侶に対する懲戒処分の手続として、宗制宗規上又は確立された慣行上、被懲戒者に弁疎の機会を与えているにもかかわらず、本件処分はこれを与えないでしたから手続的に違法であり、無効であると主張する。

本件処分が被告に対し弁疎の機会を与えることなくされたことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》に前記三の1に認定した事実を総合すると、日蓮正宗における懲戒は、檀信徒及び法華講支部の処分については、被処分者に対し事前に書面をもって弁疎をする機会を与えなければならないと規定されている(宗規二三〇条二項及び一六四条三項)のに対し、僧侶に対する懲戒は参議会が代表役員から諮問を受けて審議答申すると規定されている(宗制三〇条二号)から、管長が責任役員会の議決に基づいて行う宗務に属する(宗規一五条七号)が、その手続は総監において事実の審査を遂げ、管長の裁可を得てこれを執行するものとし(宗規二五一条)、管長の名をもって宣告書を作り、懲戒の事由及び証憑を明示し、懲戒条項適用の理由を附して(宗規二五三条)するものと定められているのみで、被懲戒者に対し弁疎の機会を与えることを定めた明文の規定はないこと、一方、懲戒処分に対する不服の申立方法として、その理由書を添えて監正会長に異議の申立をすることを認め、これを調査し、裁決する機関として監正会が置かれ(宗規二五五条、宗制三二条)、選挙によって選ばれ一定の身分保障を受ける監正員がこれを構成する(宗規二二条、二四条及び三〇条)こととされていることが認められる。しかも、本件全証拠を精査しても僧侶に対する懲戒手続でその被懲戒者に対し弁疎の機会を与える慣行が確立されていたことを認めるに足りる証拠もない。

ところで、宗教団体において懲戒処分の手続をどのような手続構造とするかは、前記の憲法及び宗教法人法の趣旨から、原則として当該宗教団体の自治に委ねられるべき事項であって、被懲戒者に弁疎の機会を付与しない手続が直ちに違法となるものと速断することはできないが、懲戒手続自体が被懲戒者の権利又は利益を著しく害するような不合理なものであって著しく適正を欠く場合には違法となり、従って、懲戒処分が無効となることがあると解するのが相当である。右認定のように、日蓮正宗の懲戒手続は、僧侶の場合には宗制宗規上及び慣行上、事前に被懲戒者に弁疎の機会を与えておらず、処分の宣告書において懲戒の事由及び証拠を明示し懲戒条規適用の理由を附すべきものとし、かかる懲戒処分に対して不服ある被懲戒者はその理由書を添えて監正会に対し異議申立をして審査を求めることによって救済を得る方法が保障されていることに加えて、前記二の1に認定したように僧侶と檀信徒の人数及び対管長との密接度の差があることを勘案すると、僧侶について檀信徒及び法華講支部に関する前掲宗規二三〇条二項及び一六四条三項の規定を類推適用しなければならない理由はなく、日蓮正宗の僧侶に対する懲戒手続が被懲戒者の権利、利益を著しく害する不合理なものであって著しく適正を欠くものとは到底いゝ得ない。

従って、被告の前記主張は採用できない。

2  参議会の決議について

被告は、本件処分は参議会の賛成の議決を欠くから無効である旨主張する。

しかし、《証拠省略》によれば、宗制宗規上、参議会は宗教法人の諮問機関であって(宗制二九条一項)、懲戒に関する事項をその審議事項の一として掲げ(宗制三〇条二号)ているにすぎず、参議会の答申が管長を拘束するとか、管長が参議会の答申に反する懲戒処分をすることができないとか、参議会の答申に反した懲戒処分がその効力を否定されるとかという規定が全く存在しないことが認められ、他に参議会の答申につきこのような効力を有するものと認むべき証拠はない。

従って、参議会の決議は、その諮問機関であるという性質上参考の為にする意見にすぎず、その議決、答申が懲戒権者である管長を拘束することはないから、参議会の賛成決議を欠くことを理由に本件処分が無効であるとする被告の主張は採用の限りでない。

六  監正会の裁決について

1  処罰禁止裁決違反の主張について

被告の主張6の(二)の事実は当事者間に争いがない。

被告は、監正会は宗務の執行に関する紛議が発生する可能性があれば事前の執行差止の裁決をなしうる権限を有するところ、本件処分は監正会の処罰禁止裁決に違反するから無効であると主張する。

《証拠省略》によれば、日蓮正宗においては、宗務の執行に関する紛議又は懲戒処分につき異議の申立を調査し、裁決する機関として監正会が置かれ(宗制三二条)、その組織、運営については宗規に委ねられている(宗制三三条)ところ、宗規の定めをみると、総則的な規定として監正会の組織、審査裁決の手続及び裁決の効力に関する規定がおかれ(宗規二二条から三四条まで、三七条から三九条ノ二まで)、異議申立手続については宗規三六条で申立書の記載事項、証拠書類の添付に関して規定されているが、具体的な申立事項については、選挙又は当選の効力についての異議申立及び懲戒処分についての不服申立につき、申立権者、申立の期間、申立方法、監正会の裁決の効力に関する規定が設けられている(宗規三五条、一三〇条から一三二条まで、二五五条及び二五六条)ほかは何らの定めも存しないことが認められる。

従って、選挙又は当選の効力に関するもの以外の宗務の執行に関する紛議については、その内容、異議申立の当事者、時期及び方法、裁決の効力に関する直接の明文の規定がないので、これらは日蓮正宗の宗制宗規、慣習、条理等を総合した合理的解釈にまたれることになる。右の宗制宗規によれば、日蓮正宗においては、代表役員は法人を代表しその事務を総理する(宗制八条)とし、管長(法主)は法規に定めるところによって一宗を総理する(宗規一三条)とされているところから管長(代表役員、法主)は日蓮正宗の統理者であり、責任役員(会)が最高議決機関(宗制九条、宗規一五条及び一七条)となっているところ、宗務院は管長(代表役員)の行う業務を現実に処理する執行補助機関として設置され(宗制一五条、宗規一八条等)、宗会はその権能を限定された(宗制二七条)範囲内で多数意見を反映させるために決議をすることができる機関にすぎず、監正会は内部の紛争を裁定する調査裁決機関で、監正会の裁決に対しては何人も干渉できず(宗規三三条)、右裁決に対して異議申立ができない(宗規三四条)としながら、監正会の裁決は直ちに管長に上申すること(宗規三九条)と規定されていることなどから、日蓮正宗の事務につき管長中心主義をとりながら権力分立的要素もとり入れていること、それ故に、監正会がした裁決について、もしこれが宗務執行又は議決の分野においても一般的な効力を有するべきものと位置づけられているとすれば、そのような効力を特別に明定する規定、又はその裁決を宗務執行機関若しくは議決機関において受理してそれぞれの分野における事務の典拠となすべきことを示す規定が設けられない限り、右のような効力を確保することができないと考えられるところ、宗制宗規上は、前記の宗規一三一条、一三二条、二五六条但書を除いてそのような規定が存しないこと、さらに監正会に対する裁決申立についても、前述の宗規三五条一項、一三〇条、二五五条によって、実際に施行された選挙若しくはそれによる当選又は具体的に宣告された懲戒処分に対する場合に限ってその申立ができる旨定められており、その他の場合にこれを許す旨の規定がないことを考え合わせると、日蓮正宗における監正会は、司法的な機能、すなわち既にされた宗務の執行に係る具体的紛議(具体的になされた懲戒処分も含む)に対する事後的な審査権能を有する機関として設置されたものと理解することができる。

《証拠省略》によれば、被告らの昭和五五年九月一七日付の監正会に対する申立は、同日付提訴状中に、申立の主な内容として第五回全国檀徒大会は正当な布教活動であり出席を理由に処罰をしてはならない旨記載され、申立の理由として昭和五五年八月一九日付院達(本件中止命令)が右大会に出席した者に対して断固たる措置をとると警告したが、右大会は仏法に照し正当であるから右大会に出席した者を処罰するのは不当である旨記載されていること、これを受けた監正会は、同年九月二五日付の管長宛上申書において、裁決の主文の一つを、右大会出席者に対する処罰は不当であるから一切これをしてはならない旨記載し、その理由として、右院達が右大会出席者に対して断固たる措置を取るとした内容が不当であり被告らの活動は仏法上正当であるから右大会出席者を処罰しようとすることは著しく不当である旨記載されていることが認められる。右認定事実から、被告ら申立者は右院達の効力について異議申立をしているのではなく、将来行われる可能性がある懲戒処分について異議申立をし、その事前差止を求めており、監正会も右申立の趣旨を受けて将来あり得る懲戒処分を禁止する裁決をしていると解されるから、被告らの右申立は宗務の執行に関する具体的な紛議に該当しないことは明らかであり、監正会の右裁決も事後的な審査に該当しない。

従って、監正会は、懲戒権者に対してあらかじめそれを禁止する裁決を行う権能を有しないにもかかわらず、その権限を超えて懲戒処分のなされる前に処罰禁止裁決をしたものであるから、右裁決は効力を有しない。

被告の前記主張は採用できない。

2  処分無効裁決により本件処分が失効した旨の主張について

(一) 被告は、第二次監正会が被告に対する本件処分が無効である旨の裁決をしたので、本件処分は効力を失ったと主張し訴外渡辺広済及び下道貫法が連名で、昭和五五年九月二八日、監正会会長岩瀬正山宛に被告に対する本件処分が無効であるとの裁決を求める旨の提訴状を提出したこと、監正会は岩瀬正山、鈴木譲信、藤川法融、監正員大泉智昭、予備監正員小谷光道の五名が出席して同月二九日に開会されたこと、監正会会長と称する岩瀬正山は、同日監正会が本件処分は無効であるとの裁決をしたとしてその旨を管長に上申したことは当事者間に争いがない。

(二) しかしながら、原告は、第二次監正会を構成した監正員のうち、岩瀬正山、鈴木譲信及び藤川法融は停権以上の懲戒処分を受け、監正員の資格を喪失したので第二次監正会はその構成において不適法であって処分無効裁決は無効であると主張するのでさらに検討する。

《証拠省略》によれば、監正会は監正員が五名出席しなければ開会することができない(宗規二二条ないし二四条及び二九条)として開会の定足数が定められていることが認められ、第二次監正会は岩瀬正山、鈴木譲信及び藤川法融を含む五名が出席していたことは、当事者間に争いがない。

しかるに、昭和五五年九月二四日、管長阿部日顕が岩瀬正山及び鈴木譲信をそれぞれ停権一年、藤川法融を降級二級の懲戒処分に付したことは当事者間に争いがない。

そこで、右懲戒処分の宣告書の送達について検討すると、《証拠省略》によれば、昭和五五年九月二六日、岩瀬正山については、総監藤本栄道の委任を受けた弁護士今井浩三らが右岩瀬が居住する西宮市所在の正連寺に赴き、右岩瀬に対する懲戒処分の宣告書を同寺執事神谷正明に手渡そうとしたが受領を拒絶され、鈴木譲信については、同様の委任を受けた弁護士小林芳夫らが右鈴木が居住する仙台市所在の仏眼寺に赴き、右鈴木に対する懲戒処分の宣告書を右鈴木の夫人に手渡し、藤川法融については、同様の委任を受けた弁護士平田米男らが右藤川が居住する京都市所在の住本寺に赴き、同人に右宣告書を手渡したが同人は右宣告書を読んだうえ受領を拒絶してこれを右弁護士らに返還したことが認められ、少くとも藤川法融については懲戒処分の宣告書が交付され、送達されたことは明らかである。

ところで、《証拠省略》によれば、監正員は停権以上の懲戒に処せられたときはその資格を失う(宗規一四二条一項、一三九条三号)とされ、宗規二五六条では「役員、職員、参議または宗会議員にして、停権以上の懲戒に処せられたときは、免職の手続を為さずしてその職を失なう。但し、監正会の裁決により懲戒処分を取消されたときは復職できるものとする。」と規定され、監正会の裁決を求めるには懲戒処分についてはその宣言を受けた日から十四日以内に申立てなければならない(宗規三五条)と定められているので、役員、職員、参議又は宗会議員の場合は停権以上の懲戒処分の宣告を受けただけでその確定(不服申立期間の途過)を待たずに直ちにその職を失うことが認められ、監正員の場合にも宗会議員らと別異に扱う理由がないので宗規二五六条を類推適用し、監正員は停権以上の懲戒処分の宣告を受けただけで直ちにその職を喪失すると解するのが相当である。従って、前記岩瀬正山、鈴木譲信の資格についてはさておいても、藤川法融は、懲戒処分の宣告書の送達を受けた昭和五五年九月二六日に監正員の資格(職務)を喪失することとなるものというべきである。

(三) もっとも被告は、藤川法融に対する懲戒処分は処分理由がなく監正会の機能を停止させる目的でされた不当な処分であるから懲戒権の濫用であって無効である旨主張し、原告は、藤川には懲戒処分すべき相当事由があると主張する。

《証拠省略》によれば、藤川法融に対する懲戒処分の理由及び内容は本件中止命令、院第一四六号、第一五〇号及び第一五九号の各院達による宗務院命令に正当な理由なくして従わず、第五回全国檀徒大会を積極的に推進すると共に所属の在勤教師及び信徒に対し同大会への参加を奨励したもので、その行為は甚だ許し難く、宗規二四八条二号による処分を免れないところ、情状により僧階を二級降す処分をするというものであることが認められる。

そこで、右処分理由の該当事実の有無について検討するに、《証拠省略》に前記二に認定した事実を総合すれば、正信覚醒運動の僧侶らは昭和五五年七月四日正信会を結成し、その議長に藤川法融が就任したこと、藤川を含む正信会の中央委員が中心となって第五回全国檀徒大会の主催者となり、同年八月二四日の同大会開催に向けて準備をしていたこと、宗務院の総監藤本栄道が中心となって右大会の主催者に対し同年七月三〇日と八月九日の二回にわたり事情聴取したが、それに藤川が右大会主催者として出席し、八月九日には右大会で正信覚醒運動についての運動方針を発表する予定であることを表明したこと、法主阿部日顕の親書を携えた特使が同年八月一九日に前記住本寺を訪れ、右大会の中止を説得した際、藤川は正信覚醒運動をさらに前進させる必要がある旨述べたこと、また藤川は本件中止命令の趣旨や在勤教師等宛の院達(院第一四六号及び第一五〇号)の趣旨に反し、住本寺の昭和五五年八月度法華講行事表を通じて所属檀信徒に対し積極的に右大会への参加やその開催支援を呼びかけ、同年八月二三日に開かれた住本寺の法華講幹部会に出席して翌日の右大会出席等に関する打合わせを行い、実際にも住本寺の檀信徒のうち約九〇名が右大会に参加したこと、他方、藤川が院達中に右大会の主催者や出席者を処分する旨の予告があったことから、監正員という立場上右大会に関与して処罰され、監正員の資格を失うことは右大会に関する紛争が生じた場合に不都合となると考え、同年八月二〇日、四日後に迫った右大会につきその主催者を辞退し出席することも辞退する旨を宗務院及び右大会主催者の一人である山口法興に届出たこと、藤川はそれによって正信会を脱会したとか、右大会を中止させるように働きかけたというわけではなく、単に右大会の当日に出席しなかったというだけで、大会当日に会場の控室に置かれていた正信会員から宗務院に対する公開討論開催要求書に、右大会に出席した大鹿由道(住本寺の在勤教師)に代理署名押印させ、右要求書の趣旨に賛同したことが認められ、この認定に反する証拠は存しないし、監正会の機能を停止させる目的の処分であることを肯認できる証拠は存しない。この事実からすると、藤川に対する懲戒事由は宗務院命令違反につき正当の事由があったかどうかは裁判所の判断する事項でないこと前掲のとおりであるからこの点を除きすべてこれを肯認することができ、これについて如何なる内容、程度の処分をするかは宗教団体内部の自律権の範囲内の問題であるから、藤川に対する懲戒処分が懲戒権の濫用で無効であるとすることはできない。

(四) 以上のことを総合すれば、藤川法融は昭和五五年九月二六日に降級二級の懲戒処分の宣告書の送達を受けたことにより、同日監正員の資格(職務)を喪失したことになり、同年九月二九日に開かれた第二次監正会は、多くとも有資格者が四名の監正員しか出席していなかったこととなって監正会開会の定足数(五名)を欠き、開会手続に関する宗規二九条に違反する違法なものと認められるので、第二次監正会の処分無効裁決は無効であると解するのが相当である。

従って、処分無効裁決により本件処分が失効した旨の被告の主張は採用できない。

七  まとめ

以上説示のとおり、本件処分が実体的及び手続的に無効であるとの被告の主張はすべて理由がなく、被告は小田原教会主管を罷免されたことにより原告の責任役員及び代表役員の地位をも喪失し、従って本件建物の占有権原を失ったものといわなければならないから、原告の本件建物の明渡を求める本訴の請求は理由がある。

(乙事件)

請求原因一の事実と抗弁1の事実は当事者間に争いがなく、本件処分が実体的及び手続的に無効であるとの被告の主張はすべて採用できないことは甲事件の理由として説示したとおりであるから、被告が原告の代表役員及び責任役員の地位を有することの確認を求める被告の請求は理由がないことに帰する。

(むすび)

よって、甲事件原告の請求は理由があるから正当としてこれを認容し、乙事件原告の請求は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、甲事件についての仮執行宣言の申立はこれを付さないのを相当と認めてこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 日浦人司 裁判長裁判官野澤明、裁判官髙橋隆はいずれも転補につき署名押印することができない。裁判官 日浦人司)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例